盛岡タイムス Web News 2012年 3月 11日 (日)

       

■ 〈ジジからの絵手紙〜戦後の盛岡の子どもたち〉7 菅森幸一 外食券食堂

     
   
     
  想像も付かないだろうが、当時「食料管理法」という法律があり、米は配給制で大人は一日二合二勺(297c)と決められていた。その配給も芋や豆に代わる事も多く「欠配」といって何も配給されない事も珍しくなかった。

  今のように「外でラーメンでも」という訳にはいかない。何しろ店はあっても食材が手に入らないから営業できないのだ。それでもわずかに中の橋から肴町方面に向かい突き当たったところに「味のデパート」という食堂があり「外食券」という特別な券を持った客だけが食事にありつく事ができた。

  外食券は自治体単位で発行している主食と交換できる切符みたいなもので、これがないと外で食事ができないし、宿に泊まっても食事が出てこないのだ。

  ジジたちはこれを握り締めて早朝から店の前に列を作ったものだ。メニューは「雑炊」だけ、あまり良く洗っていないような皿に得体の知れないドロドロしたものが盛り付けてある。後から後から詰めかける客に押されながら立ったまま食べるんだが、それでも世の中にこんな旨いものがあるかと感動したものさ。

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