盛岡タイムス Web News 2012年 3月 11日 (日)

       

■ 〈大震災から1年〉保健師の出番 鈴木るり子教授が大槌町で減塩キャンペーン

     
  大槌町から避難している被災者の血圧を測りながら、アドバイスする鈴木るり子教授=もりおか復興支援センター  
  大槌町から避難している被災者の血圧を測りながら、アドバイスする鈴木るり子教授=もりおか復興支援センター  
  盛岡市のもりおか復興支援センターで開かれる大槌町からの避難者のための「お茶っこサロン」。毎回、40人から多いときには50人以上が訪れる。沿岸被災地別のサロンの中では最も集まりがいい。「盛岡にはなれだか」「奥さんはどうだえ」|。岩手看護短期大学(滝沢村)教授の鈴木るり子さん(63)は、集まった被災者に気さくに声を掛け、一人ひとりの体重と血圧を測定した。血圧が高めのお年寄りには「しょっぱいのは食べないで。うどんも、つゆっこは飲まないの」とアドバイス。「健康でいで。大槌に帰えんねば、ねぇんだから」。浜言葉で気合いを入れられるとみんな自然に頬が緩む。

  ■震災翌日、大槌町へ

  鈴木さんは大学教員になる前の28年間、大槌町で保健師を務めた。今回の津波では同町の自宅を流され、夫の姉やおいも犠牲になった。発災直後から同町と滝沢村とを行き来し、被災した町民の健康づくりに奔走している。

  震災当日は滝沢村にいた。大きな揺れ。本や書類が散らばった短大の研究室は足の踏み場もなかった。大槌町の自宅が心配だったが「堤防もあるし大丈夫だろう」と思っていた。一夜明け、県外に住む子どもたちからの知らせで想像を超える大津波が襲ったことを知る。翌日、向かった大槌町は、市街地が津波と火事で壊滅。毛布をかけただけの遺体が、まだあちらこちらに残っていた。

  大槌町は役場庁舎が被災し、住民基本台帳をはじめ、鈴木さんら歴代の保健師が蓄積した健康に関するデータもすべて失われた。生き残った人たちはどこに何人いるのか、どんな健康問題を抱えているのか|。まちで保健活動を再開させるためには、すぐに必要な基礎情報だ。

  ■町内の全戸調査に踏み切る

  鈴木さんは全国の保健師に協力を呼び掛け、町内の全戸調査に踏み切った。昨年4月23日から5月8日までの間、家が残っていた3728戸すべてを歩き、5117人と面接した。安否確認できたのが1万3935人。全住民の86・8%をカバーした。

  訪問して断られたケースは1件もない。血圧を測りながら身の上話を聞くことが「心のケア」にもなった。家があろうがなかろうがすべての町民が生活に不自由をきたし、心に重いものを抱えていた。「生き残ってしまって申し訳ない」と人工透析が必要なのに病院へ行かずにいた人、ひどい床ずれの人など、緊急に対応しなければならないケースもたくさん見つけた。

  かかわった保健師は141人、延べ560人。集めた記録は丸3カ月かかって整理した。見えてきたのは高血圧になっている人の多さだ。調査した人のうち78・4%が高血圧傾向にあり、うち36%は震災前、高血圧ではなかった人。ストレス、偏った食生活、運動不足、原因は一つではないが、震災後、状態は明らかに悪化していた。高血圧は脳卒中や心臓病などさらに重大な病の原因になる。

  仮設住宅の広さではベッドすら満足に置けず介護は難しい。体調を崩した人が、町外の医療機関や施設を求めて出ていけば、町の人口流失は、ますます加速する。「要介護の人は住める環境にない。今、絶対に、倒れてはいけない」。町に対しても入院ベッドを確保できる県立大槌病院の早期復旧や仮設住宅に暮らす人の健康管理の充実を提言した。
     
  減塩キャンペーンを展開しようと呼び掛け、大槌町の食生活改善推進委員に、塩分濃度計の使い方を説明する岡本玲子教授(右)ら=同町役場  
  減塩キャンペーンを展開しようと呼び掛け、大槌町の食生活改善推進委員に、塩分濃度計の使い方を説明する岡本玲子教授(右)ら=同町役場
 

  ■減塩意識高めるプロジェクト

  「生き残った人に健康でいてもらいたい。10年先を見据えてまちづくりをしなければ」。鈴木さんは岡山大学大学院保健学研究科の岡本玲子教授らと協力し、町民の減塩意識を高めるプロジェクトに乗り出した。実働部隊となるのは「食改さん」と呼ばれる食生活改善推進委員。大槌町の委員の数は、歴代の関係者の努力もあって他市町村よりはるかに多い。震災後も207人の会員が町内に残っていることが分かった。

  2月21日には同町役場を訪問し、佐々木彰副町長と面会。デジタル塩分濃度計や血圧計など128点を寄贈し、高血圧予防のための「減塩キャンペーン」の推進を要望した。

  みそ汁の塩分測定や塩分控えめの料理・食べ方のアイデアを評価する「塩とりコンテスト」、子どもたちに家族の食卓の塩分をチェックしてもらう「塩とりレンジャープロジェクト」などを提案。キャンペーンのシンボルとなる「塩とりリボンバッヂ」や減塩の必要性をPRする説明シートも準備した。14地区に分かれている食改さんが取り組みやすい方法で運動を進めてもらう。「減塩」をテーマに人が集い、語り合う関係を作ることが大事なポイントだ。

  岡本教授も「主体となるのは町民。食改さんが一人ひとりをつなぐ役割を果たしてほしい。外の支援がなくても、町民が主体となって活動できる状態になることが理想」と期待する。

  この日は同町食生活改善推進協議会(小林タイ子会長)の役員も集まり、測定器の使い方などを学習した。石井ルイ子さん(66)は「震災直後は家が流されたり、家族を亡くしたり、混乱状態で自分の体を気遣う余裕はなかった。でも、自分が元気でいなければ、子どもたちにも心配をかける。野菜が高くても、食べなきゃ駄目だね」。小林会長(75)は「津波を乗り越えて、前に進んでいかなければ、保健・医療費ばかりがかさみ、町は沈没してしまう。食改協が少しでも力になれれば」と話した。

  食改のメンバー自ら、自分の食事に気を付け、塩分を控えるところからキャンペーンは始まる。今月開かれる総会を経て、具体的な取り組みを決定する予定だ。

  ■被災地に保健師チームを

  「保健師みたいに素晴らしい仕事、ほかにはない」。まさに、ゆりかごから墓場まで、人の一生に関わり健康をサポートする仕事。だからこそ、しっかりした知識を身に付け、計画策定能力を持たなければいけない。鈴木さんは保健師を目指す若い学生たちを叱咤激励する。住民の健康情報を常にデータ化し発災時にも活用できる体制を整えることや被災地派遣のための保健師チーム(PHNAT)の創設も主張する。

  「家の土台が残ったように人の土台は残った。生き残った人が元気で、つながっていけば必ずまちは再生できる。人の健康を守る保健師の力でまちづくりをする」と力を込めた。
  (馬場恵)


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