盛岡タイムス Web News 2012年 3月 17日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉254 岡澤敏男 名を借り実を取る

 ■名を借りて実を取る
  全国にあった50カ所余の「農村塾風」教育機関は、昭和12年5月設置の教育審議会が施行するファシズム的教育理念(「皇国の道」)によって「農村中堅人物の養成」から「自覚せる皇国農民の養成」へと変質させられ「朝礼に禊と礼拝を行い、心身を清め、国歌・軍歌などの合唱によって日本精神の高揚につとめる」日課に塗り替えられていった。

  「最上共働村塾」とて例外であり得なかったのは松田甚次郎の「村塾の生活と精神」でおおよそ想像されます。

  しかし甚次郎はそうした外圧にも逡巡することなく、開塾以来の精神的支柱であった宮沢賢治を塾長として支えて行くことで他の村塾と一線を画したのです。禊や国旗掲揚、君が代斉唱という名を借りて、賢治精神の「銀河を包む透明な意思」を若い塾生にを伝えるという実を取るのが甚次郎流のやりかたなのです。

  昭和2年3月に賢治から「小作人たれ、農村劇をやれ」と教示されて郷里に帰村した直後、青年たちを励まして4月25日に「鳥越倶楽部」を発足させたときに、その綱領として「@天皇陛下の弥栄を寿ぎ、鳥越部落弥栄に全力を尽さんA我等は郷土文化の確立。農村芸術の振興に努めんB我等は農民精神を鍛練し、以つて農民の本領を果さん」の3項目を掲げました。農村劇運動をめざす本命の項目をAとし、敢えて第1項目に@を置いたのは保守的な親や既成青年団との軋轢(あつれき)から青年たちを回避する作戦だった。それで9月10日に第1回農村劇「水涸れ」上演にこぎつけたのです。

  また富裕な農家の長男でありながら、水田6反歩の小作人となったので、金を使わない農業を創意工夫で維持しました。そのために金肥の代わりに製材所の鋸屑を焼酎粕で腐熟発酵させて堆肥をつくり、また農産加工の一環として羊を飼いホームスパンをめざしたとき、高価な紡毛機を購入せずに古自転車を分解して組立て、紡毛機一台をたった5円で手作りしました。

  昭和14年12月、戦時農地政策により小作料統制令が公布され市町村農地委員会によって「小作料適正化事業」が行われたとき、村民が無関心だったため取り組めないでいたが、17年9月の宮沢賢治10周忌にあたり70余名の小作村民が塾に集まったとき「本当に農村をきづき農業をなすものは小作人だ」という賢治の思いを語ったところ、適正小作料問題に関心が高まった。

  さっそく10名の委員を選び村長と交渉することになり、何度も折衝するが村長は農地委員会を開催しなかった。そこで甚次郎は未結成だった「農業報国会」に着目し村長に結成を迫る作戦をとった。

  農業報国会の結成は国の方針なので警察署長も賛成し、委員たちは農地委員や村会議員の自宅をかけずり回って協力をとりつけたので、さすがの村長も重い腰を上げることになりました。

  村長を会長に農業報国会が結成されるとすぐに農地委員会も開催され、地主側、小作側委員による協議により小作料引き下げの成果を得た。甚次郎は「小作料適正化」運動を争議手段によらずに「農業報国会結成」をテコに小作料引き下げを勝ち取ったのでした。

  こうした名を借りて実を取るという甚次郎流のやりかたに対し、時流に乗り国策におもね虚名を流したなどと非難されるが、戦時中に賢治作品が内閣情報局によってインターナショナリズムと批判されるような、そんな時局に賢治を塾長にいたくという愚直な勇気こそ評価に値するものと思われるのです。

  ■松田甚次郎著『村塾建設の記』
   「村塾の生活と精神」より抜粋
 
  ……おゝ朋だちよ、いつしょに正しい力を合はせ、われらのすべての田園とわれらのすべての生活を一つの巨きな第四次元の芸術に創りあげやうではないか。我が塾は先生が居らない塾長も居らない様ではあるが、不死の塾長が居るのだ。師は野にも山にも安息の中にも活動の中にも天地と共にいますのである。我等は師と共に起き、師と共に歌ひ、師と共に働き得る、みんな仲のよい、怒りを知らない兄弟達なのであつた。毎日ずゐぶん忙しい、仕事もつらいけれども、いつも明るい生き生きと生活する道中にあるのだ。(中略)そして我が塾の精神も生活も皇国本来の負けざる魂の「体当り」であらねばならない。単に遠慮深い注意深いインテリな青年を輩出するのではないのだ。雨にも負けず、風にも夏の暑さにも負けず、火にも水にも体当たれる人間、科学的であつて、しかも言あげせざること、時局下に在りては、時局下の真の農民を一人でもより善き土の戦士として全東亜に全国におくるのてせある。それがためには此の身を粉にしても火中の人となつても地下百尺に、埋れてもやらねばならない使命と責務がある。


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