盛岡タイムス Web News 2012年 3月 22日 (木)

       

■ 〈春又春の日記〉52 古水一雄 通巻43冊(無題)

 通巻第四十三冊は、5月27日から9月18日までの日記である。春又春の病状は落ち着きをみせてはいるものの、左肺側の痛みは完全に消えたわけではない。ただ句作については以前と同様の勢いを取り戻してきている。
 
  6月10日になって医者に病の平復を告げられ入浴の許可もおりたその日、久保寅叔父から縁談の話が持ち込まれた。
     
  無題(通巻第四十三冊)  
 
無題(通巻第四十三冊)
 
 
   久保寅叔父ヨリ澤内石井氏縁談一件ア
   リ
   思慮動キテ分別ニ苦シム、初メ之ヲ笑
   談ニ附シ去ラントス、後遂ニ之ヲ諾ス
   諾シテ後独リ茫然タリ、舌動キ去リヌ
    余石井氏ノ女(むすめ)ヲ知ラズ、
    去月仙台ニ遊ビ半日石井氏ガ寓ニ客
    タリ
    一女アリ来リテ茶ヲ薦ム、今之ヲ聞
    クニ即其女ナリト、当時余訪客ト対
    シ能ク見ズ、今ニシテ之ヲ髣髴セン
    トス、沈思瞑想遂ニ其面影ヲ得ザル
    ナリ 
     一諾舌已ニ動キ去リヌ、命ハ天ニ
    アリ縁ハ神ニアリ、
 
  寅三郎叔父には石井氏の娘は知らない人だからといって断ろうとしたら、仙台で一度会っていると迫られてしまう。先月確かに仙台の石井氏宅に半日訪問した際に一女性から茶を勧められたことがあったがその女性が今回の縁談の相手だというのである。どんな女性だったか思い出そうにも面影が全く浮かんでこない。迂闊(うかつ)にも縁談を承諾してしまったのには、次のような経緯があったのである。
 
   (前略)
   半日某家に客タリシ時余ニ茶ヲ薦メタ
   ルハ其人ナソーナ、ソー云ワレテ成程
   ト思フタガ、サテ面影ヲ髣髴トント記
   憶ニ存在シテ居ラン、兎ニ角未ダ早イ
   ト一流ノ気焔ヲグズグズ言フテ居タ
   ラ、言葉尻ヲ捕ヘラレテ向フデモ未ダ
   学校中ダカラ二三年ハ延ビタ方ガイゝ
   都合デアルトイフ、茲ニ於テ繰延ベ策
   モ何ノ故障ニ成ラナイ、結婚ハ三年後
   トイフコトニトウトウ決メテ仕舞フ
   タ、決メテ叔父ハ今日汽車デ立ツタガ
   決マラナイノハ自分ダ、ドウモアマリ
   短兵急ニヤラレテシモウタモノダ、平
   生ノ分別モアツタノダガツマリ三年ト
   イウナラ手ヲ引クダロト思フタノガ第
   一ノ失策、向フジャ待ツテマシタト言
   ハヌ許リニ、ニ三年結構デスト来タ、コ
   レニハ全ク面喰ラツタ、一度出シタ舌
   ハモウ引ツ込メル訳ニハユカヌ、男子
   ノ一諾ダト威張ツテモ見タガサテサテ
   飛ンダコトヲ決メタモノダト今日ハ朝
   カラ考ヘテ居タ、仕方ガナイカラ命ハ
   天ニ在、縁ハ神ニ在ト高ク構ヘテ見ル
   ガヤツパリ胸中ガ動ク、コンナ事報告
   スルノハ君丈ケダ、コレハ去年ノ一糸
   ノ一件モアルコトダカラ君ニ報告シテ
   シタイノダトイフテ已ニ舌動キ去ツテ
   ハ何ノ相談スルコトモナイカラ今回ハ
   報告迄にヤメテ置ク、一糸一件ハ余ガ
   理想ヲ破壊シタ、余ハ第二ノ理想ヲ構
   成スルニ得堪ヘズシテ之ヲ放棄シテア
   ツタ、放棄シタ理想ナノダカラドウデ
   モイゝヨウナモノゝヤツパリ胸中ガ不
   平ダ云々、
 
  例によって親友の武蔵に宛てた手紙の下書きと思われる文章である。 “一糸の一件”は楷書の人への告白のことで、このときには突然武蔵を煩わしたので、今回は事前に報告しておくことにしたのだ。
  いずれ3年後の結婚ということにすれば叔父も引き下がるだろうと思いきや、逆に相手の女性がまだ学生であるからかえってその方がいいといわれてしまったのである。あとは承諾したとの言質をとられ、叔父は翌日相手の家に報告するために出掛けてしまったのだ。前言取り消しは“男の恥”と腹をくくってはみたが、しかしどうにも胸中が穏やかでなかったのである。


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします