盛岡タイムス Web News 2012年 3月 22日 (木)

       

■ 〈大震災私記〉141 田村剛一 防災教育1

 あの学校の生徒たちは無事だったろうか。そう思った学校の生徒たちがいる。釜石東中学校と唐丹中学校の生徒たちだ。生徒たちといっても、今は社会人になっているはず。

  今から7年ほど前になる。釜石の建築士会の人たちから「地震と津波の研究会」を立ち上げたいので、協力してくれないかと話が持ち上がった。マンションの耐震偽装が問題になっていたころ、そして、宮城県沖地震も話題になり出していた。もちろん、もろ手を上げて賛成。ところが、その研究会の名前だけの会長を押し付けられてしまった。

  その研究会の主力事業は、中学生や小学生高学年を対象に耐震教育の出前授業をすることであった。学校の総合的な学習の時間を2時間もらい、そのうちの1時間半は耐震教育。建築士の人たちが耐震構造のしくみを模型を使って説明。その後、耐震強度の計り方を教えた。残りの20分が私の持ち時間。私は津波から身を守るための方法を話した。方法といっても、それはただ一つ「地震があったら逃げること」。

  私の参加した授業は、釜石東中学校と唐丹中学校、それに、釜石市内の小学校。

  その中で、特に気になったのが釜石東中学校である。この学校は、鵜住居川の河口付近にあり、津波が川の堤防を越えれば、もろに波を受ける。釜石北高時代、この鵜住居には7年間生活していたので、その地形は熟知している。

  むしろ、何であんな所に学校を造ったのかと思ったほどだ。案の定、釜石東中学校の校舎は3階まで水をかぶった。

  その釜石東中学校の生徒たちが、全員高台に避難して無事と聞いてほっとした。私が授業した時の生徒ではないが、やはり、わずかではあるが個人的な関わりがあった学校だけに、気になった。

  テレビで報じるには、全校挙げて防災教育に取り組んでいたとか。あの時の出前授業も、防災教育の一環だったのかもしれない。鵜住居の被災光景、根浜海岸の変わりようを見ると、生徒たちが全員無事であったことは、奇跡的と言っても過言ではない。これも、全校挙げての防災教育の授業と見てよかろう。

  唐丹中学校は海岸の見える所にあるが、高台だから無事だろうと思う。釜石市内の小学校も海岸から離れているので、ここも心配ないはずだ。

  沿岸内陸を問わず、どこの学校でも津波防災教育は必要と思った。秋田沖地震の時、男鹿半島に遠足に来ていた山間の小学生10数人が津波の犠牲になる悲劇が報じられた。

  当時「日本海に津波なし」が定説となっていた。波が引いたのを津波の引き潮だとは知らず、統導教員は子どもたちを海に入れた。この教師が津波のことを少しでも知っていれば、子どもたちを海に入れることはなかったろう。そのことが悔やまれてならなかった。
(山田町)


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