盛岡タイムス Web News 2012年 3月 23日 (金)

       

■ 〈胡堂の青春はぐくんだ書簡群〜学友たちの手紙〉69 八重嶋勲夫 今漸く夢より醒めて人と成れり

 ■猪川浩

  99原稿用紙 明治35年10月2日付

宛 東京市本郷区臺町一九 三洲舘 野村長一様
発 盛岡市四ッ家町六九 猪川浩
 
  (封筒裏に) この日和を工兵が野外演習の為めニ凡そ一ヶ中隊許り上田の方へ行けり、
  よみ返しせず何の事かわけがわからぬ必定也、善い様に読みてくれ玉へ、
 
兄足下 今漸く夢より醒めて人と成れり、知らずや君、予は一時の狂者たりき、然も兄に書認めたるの日、五山兄にも同しくものせりき、五山兄が云ふ、予に神あらねバ予が苦悶と憂ひ神托する能ハず、即ち筆を採りて兄等に書を作せり、予は何をも知らざりき、其の時、予は正しく狂せり、自暴自棄せんとも思へりヤケ腸も起せり、学校へも出です、蓊欝として事何を為せシぞ、碌々として床中にあり、焉んぞ知らん、これ一時の狂者なるを、今にして夢の如く霧の晴たるが如ぐ(く)やヽ了然と自己を認むるを得るに到れり、嗚呼大なる人生神聖なる生命よと認め得ぬ悦び何ぞこれにしかんや、

兄よ、五山兄より悉く慰安の言を以って惇々として説き来れるの晝、露子兄より再び懇切なる言を尽して説き来れり、此に於てハ無情の人と雖も泣かさるもの誰かあらん、実に実に予は男涙に咽びぬ、最も弱き吾れは兄等の為めに捧(ささ)へられたらんが心地して勇気と既往の元気欣に百倍しぬ、その翌朝旭光栄へたる大気の窓に兄が誠なる書翰を手にしつヽ再び兄が書翰を繰り開くとき予は涙と共に懺悔の焔胸を押してあふれん許りなるぞ、暫時ハ咽び入りぬ、世に尤も弱き吾はその一時以前に於て自己の自重すべきを認識し能ハざりき、彼の悪漢か常にいふ毒を食はヾ的自暴自棄となり了れりき、されど幸なる予は未だ天に予をしてこれをなさしめず、兄等三子が福音に接せり、而して兄等三子が文中何れも予にたづきの方を教へざるなく運命と戦への言これあり中就兄に到りてハ送金云々の儀これあり、兄よ、暫し予が言を容れよ、予は既に兄等に大なる勇気と凡ての運命と戦ふべき元気を與へられぬ事すでに予に於て足れり、何ぞ予は送金を翼へるものならんや、乞ふ暫く予か言を聞け、勿論予が薄氷を?るか如き生活をいとなみ、あらゆる困難と凡ての悲運と苦戦に苦戦を試みんとするもの也、天は予を試むる為めにこの事を作せり、何ぞ予ハ悠々手を据して安き生計を送らんや、予が基より資金として一文もこれなし、されど資金を求むべき手足は予に與へられたり、これにして少しも予は不平あらず、不自由を感せざる也、兄よ、兄等が既に予の為めに醵出せらるヽ兄等が何幾の餘裕と幾何の餘財ありてかこの事を企起玉ひしや、月幾百の金を費して観ざるの徒ならんにハ予これを黙して諾せん、されど兄等にとりて東都に一円の資金は二円の活動を為す時にあらずや、予の為め既に三円を送り玉はると芳志予に取りて嗚謝これにしくなし、予にして三円の資金あらば自炊してすでにたる也、されど東都に於てこの三円は正しく勤学の兄等にしてそれ以上の活動を作す可きものなり、一本を講ふて繙くも夜学の會費金としても前途多望なるの身にありてハ容易とにあらざるなり、加え予はこれより手足を働かさんと思ふ也、されば予が一人の糊口は凌かるゝ也、兄よ天は予を試むる也、

されと遂に悲運なる予は遂にこの三円を得能ハず、その日の糊口をすら凌き能ハざるに到らバ其の時を兄等か厚志にあつからんとす、而して予は一時の身にあらずして永久の躯なるを知らバ斯る少時の為めにしかく斡旋の労を玉はヾ遂にハこれ以上の困難なる場合を如何せんや、切めてハ高才の学校へも進まん勇気もあり、さらバこの時を如何せん、兄よ憂ふる勿れ、これ小時のみ、決して大時にあらず、勿論予が一時を狂せるとき如何に可笑しき書を認めて兄等にしかく心痛を掛けたりしか、これ全く予かそろうのみ軽々に出でたる言のみ憂ふる勿れ、勿論予は充分の得金あるにあらねど兎や斯くせバ三金丈けは得やすかるべしと思ふ也、只予はかくの如き境遇に立てる、蓋し初めなりしかバ狼敗に狼敗し不平に不平なりしかバ一時過劇(激)に兄等に何か或るものを言へりしならん、乞ふ、恕せよ、今少しく活眼をみひらかんか、渾沌として五山子あり、浪々として杏子君あるにあらずや、これ皆憐れむべきの人のみ、豈に予一人のみならんや、予は兄等に與へられたる什二分の勇気を以って満足する也、即ち時々に慰安の言、温情眞に面談するあるが如き書翰、即ち予に玉ふの資金也、学資なり、又予が幸これにしかじ、求むるハ勇気のみ既往の元気に回復せんと勉めたるのみ、嗚呼何を以ってか兄にかくの如くんば面會するを得ん、すくふべきの人他にあらん、乞ふ兄よ予一人を見て世のあはれを知らんはあまり見界狭きやに思ふ也、

兄等の言に依って、予は十二分の勇気に回復せり、憂る匆れ、予は今勇気と希望の為めに満てり事すてに足る、嗚呼、花さき、鳥嘔ふ日遠きにあらず、予が苦戦は予を健全に作らんずる薬品とも見よ、快なるかな、希望の海に浮び、さまよう予は如何に嬉しきかを想起せよ、言ふ可き事既でに終る、只だ予の悦び共に悦び玉へ、

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昨日天気にまぎれ、抱琴を連れ愛宕山に遊ぶ、帰り工兵の演習見て桜山の茶亭に憩ふ、太田君来り、會しこれと談る、曰く少し都合が出来て当分行かれぬとの事也、

抱琴曰く「御詫を受けん中は手紙書けないからな」と少しく詫って可なり、亦曰く「然しキン舟シ丈へハ是非書く可き責あり」と近日中に何れ福音あらん、

当地の暴風御地の暴風驚くにたへたり、

再び中学校にストライキ起らんとす、水野その人也、水野對門倉、下川辺、田島。水野昨日より欠勤し初めたり、

今日(木)ハ用事あれバ出席せず、一昨日より出席しをれり、後は他日に譲る、擱筆

       十月二日

     野村大兄                    猪川浩

  近日中に紺屋町のヤクバへ移らん
 
  【解説】去る6月8日付の、狂おしいまでの猪川浩の長文の手紙に対し、長一と原抱琴が、同情しながらもたしなめた手紙を寄せたらしい。この2氏の好意に感動し、勇気をいただいたと感謝の意を述べている。それにしても、この頃の若い連中は、競って進学を目指しながらも、生活費、学費の不足に苦しんでいる様子が如実に書かれていて、なんとも嘆かわしいかぎりである。

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