盛岡タイムス Web News 2012年 3月 24日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〜七つ森から溶岩流まで〉255 岡澤敏男 碑前に「土に叫ぶ」の報告

 ■碑前に『土に叫ぶ』の報告

  甚次郎が賢治に会うために訪れる経路は二つあったらしい。一つは下りの奥羽線新庄駅から横手に出て、横黒線(現・北上線)に乗り換え、終点の北上駅まで行き北上駅から下り東北本線に乗り換えて花巻にたどり着くAコースと、上り奥羽線新庄駅から福島駅まで行き、下り東北本線に乗り換えて仙台、一ノ関を経由して花巻へたどるBコースです。

  所要時間(当時は現行に加算が必要)はAコースがダイヤ乗り継ぎ時差を無視すれば、おおよそ4時間半〜5時間ぐらいであり、BコースはAコースの約倍近い8時間余と試算されます。

  甚次郎はどのコースで花巻入りしたか不明ですが、昭和2年8月8日には緊急の要件だったからAコースを選んだことには間違いないと思われます。しかし賢治の死後、昭和13年11月13日に花巻を訪れた際には、甚次郎はBコースに拠ったことを『村塾建設の記』の中で述べています。なぜ時間的に難コースのBに拠ったのは、次のような訪問目的があったからと思われます。

  「穫入れも一段落をつけて、忙しい春から夏、夏から秋と待ちに待った私の恩師宮沢先生の墓参りの日は一昨年(昭和13年)11月13日に…夜行列車に身を託したのであった」「山形より佐藤同信と同行し仙台駅にて二時間半、一関駅にて三時間深更し寒気と闘ひつつ読書しながら待ち通して、十年振りの南部の郷に訪れたのは黎明の六時半で二十数名の同人に迎へられて花巻駅に不眠のままに安着したのてせあった。」

  この文面でも察せられように、今度の花巻訪問の目的は昭和8年9月21日に逝去した恩師宮沢賢治のお墓を詣でることにありました。これは事前に宮沢清六さんと日程を調整していたらしく、清六さんは旧羅須地人協会跡に建立された「雨ニモマケズ」詩碑での記念行事や地元の賢治の会主催の「宮沢賢治を偲ぶ会」を花城高等小学校で準備されていたのです。

  さらに14日には賢治の仏前で妙法蓮華教を読経し、六原青年道場の見学、盛岡高等農林学校で四百名の学生に講演、少年刑務所見学を経て盛岡「賢治の会」主催の参会者76人の座談会に臨んだ。座談会が終わったのは夜の11時半過ぎだったといいます。

  さらに15日には盛岡「賢治の会」を主宰する菊池暁輝、森荘已池の案内で渋民に行き啄木の歌碑を訪れています。甚次郎はこの歌碑の前で「岩手山を仰ぎ北上川を啄木は左岸より宮沢氏は右岸より眺め、日本の芸術界に大きな永遠の流れを示したとは、何と意味深いことであろうか。冷害や津波で稗を食ふことに依ってのみ知られる岩手南部の国こそ、日本が新しく生んだ天才と行者、今その宗教と芸術と科学が新しい日本を導く大きな力となっていることを知らなければなるまい」と深甚なる感慨にふけったといいます。

  当時は乗用車で移動するのではなく汽車で移動するので、甚次郎は午前4時起きをして過密な日程をこなす毎日だったという。こうした3日間の日程に対応するために、甚次郎はやむなく長時間かかる夜行のBコースで花巻に向かったのです。

  これらの過密な日程の中で甚次郎の最大の願いは、昭和2年3月8日に賢治と交わした約束の10年後の報告をするための「雨ニモマケズ」碑参りだったとみられます。清六さんに伴われ碑前に「今は亡き先生の碑前にてを拙著『土に叫ぶ』の報告をなし、静かにお祈りと参拝合掌をなし向後生涯末代先生の大教訓を遵守することを誓って焼香した」と述べているのです。

 ■ 松田甚次郎著『村塾建設の記』
      「宮沢先生の墓に詣でて」より抜粋
 
  午前十一時花城高等小学校雨天体操場に於て『賢治の会』主催の宮沢先生を偲ぶ会が催され、私は一時間程私と先生の師弟関係について語り、行者としての心境を明瞭にした。花巻の町民近在の青年約二百余名話終って一同はピアノに和して『精神歌』が斉唱せられ体操場をあふれ花巻町に響き渡った。私は現在日本の思想と芸術が正しく宮沢的になって来た。宮沢的とは真理を探求して止まぬ行者の思想と芸術である事を語ったのである。(中略)

  午後は私を囲んでの座談会七十余名の一般であるが、学校の教員、農村青年、町の有力者宮沢先生の教師、花巻農学校の卒業生、花巻町の人々も見えられて盛会であった。宮沢先生の話は沢山出たが私に訊ねられたことから述べるが、宮沢先生を知った動機はといふから、岩手日報で知ったと答へたら二三の弟子達は我々は何年も弟子にして何にも成さずで申訳ないと私を通じて先生に詫びて居った。私は此の十余年間一日だって忘れたことはない、それに「真理」に童話が掲載され、童話研究の誌や『婦人の友』まで掲げられとたまらない心に打たれてゐたと語ったのである。(以下略)


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