盛岡タイムス Web News 2012年 3月 28日 (水)

       

■ 〈古都の鐘〉52 チャペック・鈴木理恵 冬から春へ(下)

     
   
     
  その介護施設はクリスチャン系の病院と連結したところで、毎日ミサか祈りの会が行われている。信仰心のあつい父には良かろうと選んだ施設だった。個室がもらえたので、さっそく少しでも雰囲気を義父のすみからしくしようと、家にあった花や絵を飾る。壁時計やクッションもなじんだものを持ってきた。家具も既にあるのが気に入らなければ持ってきていいという。配置も好きにしてよいそうだ。部屋には自分専用の洗面所、シャワー、トイレがついている。

  新しい生活は、やはり初めどこかぎくしゃくする。施設のケアはかなり行き届いていて、何かあればボタンひとつで来てくれるけれど、遠慮といくばくかのプライドがあって、義父はあまりそれを使いたがらない。不便があってもそのままにしてしまう。新しいベッド、新しい食卓、窓からの風景、世話をしてくれる人たち、他の同居人…。すぐなじめるというものでもなく、加えて義父はまだ義母の死から立ち直っていない。

  年越しは、そこでわたしたちも共に迎えたが、寂しい感じは拭えなかった。夕食時の午後5時、介護の人たちは皆にシャンパンを注いで回る。一緒にテーブルを囲んだ二人の老婦人に、父は打ち解けようと話しかけたが、どうも反応がない。ひとりは口が不自由らしいのと、もうひとりは、我関せずと言った様子である。父もそこであきらめてしまったようで、どこかうつろにしている。

  同居人といってもいろいろな人がいて、身体が不自由で、ひとりでは食事が難しい人もいる。アルツハイマーらしきを患っている人もいるようだ。そこへいくと、義父は時間はとてもかかるけれど、自分で車椅子で食堂まで移動できる、トイレもこなせる。頭はしっかりとしているので、話ができるし本も読む。状況が状況だけに、すっかり引っ込み思案になってしまったのか、あまり部屋を出たがらず、わたしたちに頻繁に来てもらいたがった。

  はじめは不憫(ふびん)に思って、毎日家族の中で誰か彼かが行くようにしていたが、しばらくすると普段の忙しさにかまけて間遠になってくる。先日1週間ぶりに訪れると、ちょうど昼食中で部屋にいなかった。なんでも希望すれば、6階の、ウィーンが見渡せる食堂で食事ができるとのことで、最近はそちらに行っているらしい。そこは太陽の降り注ぐ、見晴らしのいい場所で、義父は数人と親しい様子でおしゃべりをしていた。どうやら仲間を見つけたらしい。

  先日の日曜日も、お昼頃行って一緒にごはんを食べようかと言うと、昼は上に行かなくてはいけないから困ると言うではないか。ここ数年、車椅子を見られたくないのを理由に家にこもりっきりで、義母や時折訪れる子どもたち以外、社会性に極めて乏しかった彼に、どこか似た境遇を持つ者たちとの社交というものができたのである。

  家にいれば好きなものしか口にしなかったが、どうも施設では多少は無理をして平らげるようだ。3`太ったと、それでもガリガリの義父が報告してくれた。

  こうして3カ月が瞬く間に過ぎた。義父の一日はハイムのプログラムに添ってなかなか忙しくなった。新しい空気の中で仲間ができて、心なしか元気になったように見える。初めは見るのもつらかった義母の写真も、今は壁に飾っている。時間とともに彼女の死を受け入れるようになったようだ。それでもふと時折、わたしも、故人を思って涙がでてくるけれど、この痛みも抱えて生きていかなければならないものなのだろう。

  復活祭のねこやなぎが花屋の店先に揺れている。再び春がやってきたようだ。
(ピアニスト)


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