盛岡タイムス Web News 2012年 3月 31日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉256 岡澤敏男 「宮沢賢治名作選」刊行

 ■『宮沢賢治名作選』刊行

  昭和13年とはどんな時局だったのか。1月、岡田嘉子と杉本良吉が樺太国境を越えてソ連領に逃避行。3月、国会で国家総動員法の審議中に政党側が違憲論をもって審議の延長をはかったところ出席中の陸軍省軍務課長佐藤賢亮中佐が発言者を「だまれ!」と叱咤。4月、国家総動員法が公布。5月、日本軍、徐州(中国)占領。荒木貞夫陸軍大将文相となる。8月、火野葦平『麦と兵隊』発表。9月、従軍作家陸軍部隊(久米政雄、丹羽文雄、林芙美子ら)漢口へ出発。10月、東大教授河合榮治郎『社会政策原理』など発売禁止となる。この年は軍国歌謡がヒットしレコード会社は制作に狂奔する世相の渦巻く年であったという。

  このような準戦時体制下に働同村塾を維持するには「皇国農民」道場としての道しか許されなかった。それだけに、皇民である前に人間としての矜持を塾生にもたせたかったから、宮沢賢治を巨きな精神的支柱として自覚させる必要があった。昭和13年11月13日に花巻を訪れて2年前に羅須地人協会跡に建立された賢治の「雨ニモマケズ」詩碑に詣でました。そして「小作農たれ、農村劇をやれ」と遺訓された10年間の活動記録を『土に叫ぶ』をもって報告したのです。今回の訪問で花巻・盛岡の「賢治の会」と交流した甚次郎は、郷里の鳥越に「賢治の会」を設立させるのです。

  昭和14年1月10日「働同村塾」の新塾舎「土に叫ぶ館」が落成した機会に、鳥越「賢治の会」を21日(賢治の祥月命日)に創立します。この知らせを受けた盛岡「賢治の会」の森荘已池・菊池暁輝両氏は、猛吹雪の中を「遥々宮城越し」のBコースで鳥越「賢治の会」創立に駆けつけ、お祝いの品として「賢治愛用のレコード」や、「雨ニモマケズ」詩碑の「石刷り碑文」も持参しました。森氏は賢治と交友した数々の逸話を語り、菊地氏は賢治の詩歌を朗誦するなど夜まで続く盛況だった。翌22日は山形市の県教育会館で「宮沢賢治を偲ぶ会」が催され案内状なしで県下から34名の参会者があった。会は夜の8時半まで及び山形の詩人農民真壁仁氏の提唱で山形「賢治の会」結成をよびかけたところ拍手をもって成立し、さっそく2月21日に第一回山形「賢治の会」が開かれ52名が参加したという。このように準戦時体制下でありながら、山形県の人たちに宮沢賢治の文学や思想を浸透させていったのは、いうまでもなく松田甚次郎が賢治を「永遠の師父」に仰ぎ、賢治の遺訓を実践した『土に叫ぶ』の貴重な一石があったればこそと思われます。鳥越「賢治の会」は毎月21日に催され甚次郎と塾生たちは「雨ニモマケズ」の朗読や「精神歌」を斉唱していくのです。

  甚次郎はさらに賢治思想を広い読者、特に農村青年に普及させようと『宮沢賢治名作選』発刊を思い立ち、宮沢清六さんの指導を得て編者となり昭和14年3月、『土に叫ぶ』を出版した同じ羽田書店より刊行した。この書も文部省推薦となり売れに売れ、12月に3版、17年に11版を重ねたほどだったという。賢治没後いち早く昭和9年10月〜10年9月に『宮沢賢治全集』全3巻(高村光太郎・宮沢清六・草野心平・横光利一・藤原嘉藤治編)が文圃堂より発行されたが、間もなく絶版となり賢治作品の入手困難な現状を憂えて「芸術家たり宗教家たり科学的聖農たりし著者を通じて、芸術も宗教も農業も見直していたゞきたいため」上梓したと甚次郎は後記に述べているのです。

  ■ 亡き師に捧ぐ
   (『宮沢賢治名作選』後記の抜粋)
 
  茲に僣越ながら恩師宮沢先生の名作選を世におくるのは、各方面の方々に先生の遺作を見て戴き、考へて戴いて、芸術家たり宗教家たり科学的聖農たりし著者を通じて、芸術も宗教も農業も見直していただきたいためである。(中略)

   …おれたちはみな農民である。ずいぶん忙
   しく仕事もつらい
   われらは世界のまことの幸福を索めよう 
   求道すでに道である
   これは農民芸術論の冒頭の言葉であるが、
   何と我々の勇気を鼓舞する言葉であらう。
   …われわれに要るものは
   銀河を包む透明な意志と 巨きな力と熱で
   ある
   その結論を読むときに、何と我々は希望と
   力を与へられることか。

  そして、死後に発見せられた手帖の詩篇や言葉がどれほど、ひとの肺腑を突くと共に、ひとを正しく導くであらうか。

  私は若くして逝かれた恩師宮沢賢治先生の霊が、強く、我が芸術を、農村を、我が国家を護ってゐることを深く信ずるものである。(以下省略)


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