盛岡タイムス Web News 2012年4月 6日 (金)

       

■ 〈野村胡堂の青春育んだ書簡群 学友たちの手紙〉71 八重島勲

■猪川浩

100巻紙 明治三十五年十月二十八日付
 
  此處也此處也、予が正に言はんとする所兄が既に言へ(ふ)所也、万物その帰趣すべき所ありて孜々一瞬の時をも仇にハせず、労力のあらん限りを働くなり、即ち帰趣する所ありてこれに従ふの快楽も常に想像する依れバなり、千秋一日の如く汗水に成りてその業務に勉めて一も怠倦するなし、即ち吾等か帰趣する所を欲する也、さらば万物これに従って帰趣する所之れ有らん、世に偉人ありこは数タの人間に依って偉人と認めらるヽの人なり、而して彼れは先天の偉人なるべきか後天の偉人なるべきかを詳ら(か)にするを要す、若し彼れを先生の偉人とせんか、決して他人の模倣をゆるさず彼れは單に偉人なり頴傑なりと云ふ迄でなり、さらば兄よ賢者はあくまで賢者にして愚者ハあくまでも愚人たり了るべし、彼れ等は遂に向上の精神を有せず従って社會の進捗は一切閉鎖せられ、一種のアリストクレシーは行はるヽ、斯くて永久に継続せんにハ人類は自滅して遂にこの地球上に一つの人影だも留めざるに到るべし、兄よ吾等は斯くの如き偉人を單に人類となさず、「なにか」として論ずべきもの也、社會に何等の貢献するなく、よし一時の貢献はありたりともせよ劫久の持続決して見能はざる所なりとす、さらば何が為め偉人と呼はんとハするか、嗚呼こは眞に偉人にあらずして怪物なるべきのみ、兄よ吾等が言ふ偉人は後天の偉人なり、彼の行迹は悉く社會の模範となり準憑すべき行為なり、今先天の偉人と後天の偉人を比較し来りてこの相違の啻ならざるに、予はいたく驚くものなり、壮なるかなこの人や偉なる哉、この人や吾等が理想の人也、模範也、人生の美何ぞこれに勝らんや、兄よ吾等はこヽに於て眞に偉人を解するをあやまれりき、偉人必ずしも多藝多能の学者のみにあらず、クリストの如きは一大工の子也、自然の黙示は彼れに教訓せり、一冊のテスターメントはリサイテングされたり、而して彼は神の子と称し傲然欧州にうって出たるその大胆、嗚呼この壮この偉抑々偉人と仰くべきものこヽにあり、この偉人たらんとするものは学問も必要なし、智識の必要もなし、啻クリストの如くせは容易に亦クリストたるを得べく使徒たるを得べし、即ち偉人が養生せられたるその根本義を索むるを必要なり、而してその根本義に同化し咀嚼し以って偉人の行迹を追従せば容易に偉人たり得る也、心眼を以って偉人を解する也、行為を以って解するにあり、兄よ予や深くこれをあやまてりき、吾等は今日まで客体の偉人を見たりき、繪画的無能力の偉人を観視せるのみ、未た以って心眼を透徹して詳らかに洞察し得ざりき、斯くの如くんは遂に偉人は一ケの枯骨として累々土中の泥石と共に横はるのみ、又無慈悲の極みといふべし、

嗚呼兄よ吾等は正さに立たんとするはこれなり、狂せざるべからざる場合にハ吾等もその徹を踏んで狂たらん、敢て狂たらん神は吾が心眼を透徹して決して認識し能ハざりし所也、而して罪業は寝ねて積み起きて亦積める也、不幸これより大なるなかるべし、而して日に逢ふごとくに年は老い行く也、さらは吾等が一生は遂に罪業の歴史たらざるべからざるか、亦さがなき極みのみ人は遂に帰趣する所なく浪々の身を以って一日一日の命を繋き合て一生を送り、猶ほ晏如として其の死を待つの愚を学ばざる可得からざるか悲しい哉、人の多くは皆然り、人類の多数はパガチスと称せられ信仰薄すきものとせらヽに非すや、さらば人生何ぞ尊とからん、自殺結好(構)人殺可也、強姦、強盗敢て耻ちるに足らざる可し、

然れども兄吾等は眞に幸なる生涯を送らんと期するものにあらずや、先づ罪業を離らざる可からず也、帰趣する所を確く信じてその道に向って深く進みこれと奮闘してヱマーソンが所謂自己の本能の上に起たざるべからず、その時ぞ大世界が全力を捧げて来り助くる也、さらば目下の要急は自己の立脚地なり、帰趣する所也、信仰也、十年一日の主義を持続し得べきものたらざるべからず、兄よゆるせ予の為めに以上の見言が排列せられたり、されど予は一種言ふべからざる悦楽の情を以ってこを書きこを思ふこと切也、兄よゆるせ予はこれより眞理に接觸し得るの端緒を得て時々これ等の失言なきを保せず、兄は常に聖書を常に座右にせらるヽと誠に慶すべき事にあらずや、それ倦怠するなく眞理を研究せられよ、予はこれより少しく法華経を知らんと欲す、一時好気心と嘲ひ玉ふな、予はこれより一挙手一投足悉く信仰態度を持せざるべからずされば也、世の凡ては尊く人生亦價値を発せし聖神なを思ひ宇宙万有悉く愉悦の状態に於て現示せらるヽ也、豈に尊からずや、森羅万象悉く法体の実相なるに於ておや、吾が言ふ所は而して法なるべく、眞理なるべく、無智文盲の徒も猶も眞理の肉塊にして言行悉く尊むべきあるに到りて法体を傷けざる様社會を撹乱せざる様意を須ひざるべからざるに到る也、此に於て人道あり、文学あり、美術あり、道徳あり、社會の進捗発達頗る見る可きものあり、斯く思惟し来れば基礎にあり、兄よ吾等は醫者たり、学者たり、実業家たるは枝葉の枝葉の事のみ、他日手を採りて語る可きは抑も何ぞ言を俟たずして即ち法也、人道也、社會也、而して文学也、美術也、翼くは兄よ予に心の狂なるをゆるせ、
(この項つづく)


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