盛岡タイムス Web News 2012年4月 7日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉257 岡澤敏男 七つ森から溶岩流まで

 ■戦時下の『宮沢賢治名作選』
  昭和14年の世相をみると軍服に似た国民服(男子)とモンペ(女子)が登場し、お米の配給制度、「パーマネントはやめましょう」「ぜいたくは敵だ」の標語が流行し、9月1日から毎月1日を「興亜奉公日」と定め、この日は飲食店はすべて休業となり、各食堂、喫茶店には「興亜奉公日につき休業」の看板などが立てられ、世相はいよいよ戦時体制の色彩を深めていきました。そのような情勢下で『宮沢賢治名作選』が上梓されたことに驚きを隠し得ません。

  宮沢賢治の著作は病没した翌月の10月21日に宮沢清六さんが詩4篇、歌曲7篇を収録した@『宮沢賢治全集抜粋 鏡をつるし』を30部限定で発行しています。ついでA
『宮沢賢治全集』全3巻を高村光太郎・宮沢清六・藤原嘉藤治・草野心平・横光利一の編纂で文圃堂から9年10月〜10年9月に発行され、その絶版を惜しんで甚次郎が編集しB『宮沢賢治名作選集』が羽田書店から14年3月に発行されたのです。その4カ月後に高村光太郎・中島健藏・森惣一・藤原嘉藤治・草野心平・谷川徹三・横光利一により編纂されたC『宮沢賢治全集』全7巻が十字屋書店から14年7月から19年2月にわたり発行されている。以上が賢治死後より昭和20年(戦争終結)に至るまでに上梓された賢治著作目録です。文圃堂版A『全集』と十字屋書店版C『全集』は第三巻まで同じ構成で、第一巻(「春と修羅」第一集・第二集・第三集」)、第二巻(続「第三集」・第四集・東京・三原三部・装景手記・文語詩稿五十篇・壱百篇・未定稿八十編・歌曲集)、第三巻(童話17篇・戯曲3篇)は共通した作品が収録されている。C『全集』の第四巻以降は新編で第四巻と第五巻には第三巻の未収童話と初期短篇類、第六巻に歌稿・文語詩未定稿・修羅白日・肺炎詩篇・手帳より・歌曲、第七巻(別巻)には書簡・年譜その他を収録している。

  甚次郎編のB『宮沢賢治名作選』をみると詩28篇、童話12篇・劇4・農民芸術概論綱要・初期短篇類2・歌曲3が選ばれています。童話には「銀河鉄道の夜」を割愛しているが「セロ弾きのゴーシュ」「やまなし」「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「注文の多い料理店」「烏の北斗七星」「祭の晩」「貝の火」「オツベルと象」「雁の童子」「風の又三郎」「グスコーブドリの伝説」など代表的な名作が網羅されているのです。とくに陸軍情報局の検閲にチェックされそうな「烏の北斗七星」が『名作選』に収録されていることが注目される。この作品は文圃堂版には収録されなかった作品で、烏の大尉が(あゝ、マヂェル様、どうか憎むことのできない敵を殺さないでいゝやうに早くこの世界がなりますおうに)という賢治のコスモポリタニズムを心酔する甚次郎の強い意志をかいま見せているものです。『名作選』の定価3円は当時の米価(10`)に相当したというから、決して安くはなかった。

  昭和18年12月、学徒出陣で入団し20年4月特攻隊員として沖縄海上にて戦死した佐々木八郎(東大経済部学生)の日記に、賢治の「烏と北斗七星」に共感する心情を「愛
と、戦と、死といふ問題について最も美しい、ヒューマニスティクな考え方なのだ」と書き遺している。『きけわだつみのこえ』の戦没学生佐々木八郎が童話「烏の北斗七星」を入手したのはいつか。もしかしたら、甚次郎編の『宮沢賢治名作選』によるものではなかったのか、と推理されるのです。

  ■佐々木八郎の「賢治へのオマージュ」(抜粋)

    (『きけわだつみのこえ』より)
  宮沢賢治はその生立ち、性格からその身につけた風格から、僕の最も敬愛し、思慕する詩人の一人であるが、彼の思想、言葉をかへて言へば彼の全作品の底に流れている一貫したもの、それが又僕の心を強く打たないではおかないのだ。「世界がぜんたい幸福にならないうちには個人の幸福はあり得ない。」といふ句に集約表現される彼の理想、正しく、清く、健かなもの…人間の人間としての美しさへの愛、とても一口には言いつくせない、深みのある、東洋的の香りの高い、しかも暖か味のこもつたその思想、それが、いつか僕自身の中に育まれて来てゐた人間や社会についての理想にぴったりあふのである。そして右に写した“烏の北斗七星”といふ童話の中に描き出されたかれの戦争観が、そのままに僕の現在の気持を現してゐるといへる様な気がする(以下略)」

本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします