盛岡タイムス Web News 2012年4月 10日 (火)

       

■ 〈大連通信〉3 南部駒蔵 友情、李さんのこと

 留学で一番大切なのは友人である。昨年、大連に来て私は実にその友達に恵まれたと思う。その最初の出会いが李建東さんである。彼は交通大学の隣の遼寧師範大学の門衛をしている。どうやって彼と友達になったのか簡単に紹介しよう。

  8月18日、大学の寮に着いた私は翌日散歩に出かけて遼寧師範大学の大きなスズカケの木の作る木陰を一人散歩していた。キャンパスの出入り口には門衛のいる小さな建物があり、警官のような服装をした2人の警備員がそのあたりで大学に出入りする車を止めたり、誘導したり、人々に道を教えたりしている。

  私はそのうちの一人に語りかけた。最もやさしく誰でも知っている言葉、「ニーハオ」と。(実は私の中国語のレベルは自慢じゃないがニーハオレベルなのである。)その一言がたちまちあふれるような会話につながっていった。彼は日本語独学歴30年で、かなりの日本通だったのである。そして、「もし良かったらこれからあなたの留学期間中、大連の案内をします。」と申し出てくれた。名前を手帳に書いてもらったが、名前の脇に「日本語愛好者」と記した。聞いてみると彼はいろいろな日本人を世話しており、日本人と交際することが彼の生きがい、楽しみとなっているのだった。

  翌日、彼は早速、私を星海公園に案内してくれた。星海公園には昔、大連建設に大きな役割を果たした後藤新平の立像があったという。公園は黄海に臨む海岸にあり、人々が泳ぎを楽しんでいた。李さんもパンツになって泳ぎ出した。

  私は砂浜に座って海を眺めながら待っていたが、退屈紛れに何気なく隣に座っていた青年に声をかけてみた。青年は日本に留学する予定だということで、日本語を勉強したがっていた。叔母が日本の大学で中国語を教えているとも言う。話は大きく弾んだ。これから付き合うことにして携帯電話の番号を教えあった。それが大連で第一番の友人となったK君である。

  李さんは海から上がると、さらに日本時代の建物が残っているあたりを歩きながら紹介してくれた。これが彼に案内してもらった最初で、その後、彼は大連市内はもちろん、金州へも二度連れて行ってくれた。彼のマンションで手作りの料理をごちそうになった。

  奥さんに秘密のはずだったが、その奥さんが早く帰ってきて気まずい思いをしたことも忘れがたい。僧侶ではないのに頭を丸めて、白い着物を着た仏教の修行している人を訪れ、話を聞かせてもらった(残念ながらまったくその修行している人の話が分からなかったが)。

  銀行の口座を作る時、手伝ってもらった(というより口座を作ってもらった)。彼の存在抜きに私の昨年の大連留学を語ることはできない。今回の二度目の留学もいろいろ彼の世話になりそうである。

  繰り返しになるが、信頼できる、よく面倒を見てくれる友人が旅では決定的に大切である。その友人を得るためには、少しの勇気、特に最初臆さないで話しかける勇気が必要である。あいさつをしない、話しかけない人は損をしている。

  友情は出会いの偶然がもたらす大きな恵みだ。出会いによってお互いに刺激を受け、啓発される。それはこの人生において実にありがたい貴重な体験である。それは後で振り返ってみて仏縁とも、神様の計らいとも思われるような出来事である。

  このささやかな大連通信もK君と李さんから教えられたこと、紹介されたことが多くなるだろう。さらにまた新たな出会いがあり、友情が生まれるかもしれない。友に感謝!

  旅にして あらたな出会ひうれしくて 若人のごと 胸の弾むよ
  (元岩手医大教授)


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