盛岡タイムス Web News 2012年4月 14日 (土)

       

■ 早世の天才歌人しのぶ 啄木101回忌法要

     
  早世の歌人石川啄木をしのぶ啄木101回忌  
 
早世の歌人石川啄木をしのぶ啄木101回忌
 
  盛岡市玉山区出身の歌人石川啄木(1886−1912、本名・一)の命日の13日、啄木101回忌法要(啄木祭実行委員会主催)が同区渋民の宝徳寺で営まれた。今年は没後100年となり、昨年より約30人多い140人が参列。時代とともに色鮮やかさを増していく啄木をしのんだ。

 同実行委の嵯峨忠雄委員長は開会で「啄木は時代の大きな変革期の中で、新しい明日の到来を信じながら、生活の一瞬一瞬の切なる思いを感性豊かに詠い上げた。論文『時代閉塞の現状』で訴えていることは、現代を予言しているかのごとくで先見性の確かさを物語っている。啄木の生きざまや作品から多くのことを学ぶことができるのではないか」と語った。

  谷藤裕明盛岡市長(代読)は「震災から1年の歳月がたったが、今なお多くの方が努力を重ねている。啄木の作品には、日々の生活に対する思いがあふれ、これから前へ歩き出そうという人にも元気を与えてくれる力が宿っている。その力を伝えるためにも、官民一体となって全国に発信してもらいたい」とあいさつを寄せた。

  読経と焼香の後、新啄木かるたを奉納し、地元のコーラスグループ「コールすずらん」の12人と玉山吟詠会の9人が啄木の歌を献歌、献吟した。

  玉山吟詠会の千葉孝志さん(81)=八幡平市=は「啄木の歌を歌うと魂が奮い立たされる。現代にも通じる内容なので、会としても力いっぱい歌って、どんどん若い人に広げていきたい。地域づくり、まちづくりに啄木を役立て、若い人の目を地域に向けることが一番大事だと思う」と早世の歌人に思いを寄せていた。

  法要後は、啄木記念館の菅原壽館長が「わが青春の啄木」について講話した。同館では企画展「啄木からのメッセージ|今日を見つめて」が始まったほか、盛岡市先人記念館では「盛岡中学の黄金世代|金田一京助・石川啄木たちの青春群像」、もりおか啄木・賢治青春館では「啄木と盛岡|美しき追憶の都」の企画展が開かれている。また、6月2日には姫神ホールで「啄木祭・啄木没後百年記念フォーラム」が行われる予定。

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  啄木は1886年2月20日、父一禎が住職を務める南岩手郡日戸村(現盛岡市玉山区日戸)の常光寺で生まれた。盛岡中学校(現盛岡一高)を1902年10月に退学し上京。本格的に文学の道へ入った。10年には処女歌集「一握の砂」を発刊したが、12年4月13日、東京で26歳で死去。同年6月に歌集「悲しき玩具」が刊行された。


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