盛岡タイムス Web News 2012年4月 27日 (金)

       

■ 〈野村胡堂の青春育んだ書簡群 学友たちの手紙〉74 八重嶋勲

 ■102原稿用紙 明治三十五年十一月六日付

宛 東京市本郷区本郷六丁目二十八 月村方 野村長一様
発 盛岡市四ッ家町 太古の遺民 猪川浩 拝

  書いて見た所あんまりマヂ(ズ)イからいいように添刪(削)してくれませんか、これが御願ひ、シバラクでこんな奴カイタカラコンナ事にナッタ
兄よ 昨夜子規先生か忌日四十九日を祭る、即ちその几に恁(凭)りて吾方が俳諧史なるものゝ端緒四枚許り書いて見たり追回想起してこゝに無量の趣味を感せずや、その発端よりして追回連想の趣く所その問に種々人出て来たり、交々予が脳中を幻往来するにあらずや、今俳諧一つを造るなり、一つ以前の俳諧について詳しくしらぶるにより多くの興味を感するもの也、序に旧を出して見るに仲々あなとられぬもあり、滑稽頤を説くしもあり、嗚呼斯の如きは予独りにあらざるべし、

兄よ何事にまれさなり、時に昔時を回想して北臾笑を堪ふる事往々也、兄が婚姻を予は悲しく思へりき、詰らなく思ひ、然して二人共に期する所などありしを想起せずや、夫婦の愛情を知りて恋愛の性質を兄は遂に知らざりき、されど犠牲にされたる兄ある更り一命を捧げて君に心労少しも厭はざる可憐の少女が満足ある知らずや、さればぞ予は婚姻当時の記念としてハ何等の辞をも作す能ハず、唯その一周年に当る今にして初めて兄が愛を知り、予が如きをして羨やましむるその境遇を祝する也、兄よゆるせこの言を孟子が知好色慕少□(ガイ)と云ふを言へり、聊てそは動かすべからざる国家社會の一大活動の根葉を作すものにあらずや、されば凡ての人類をしてこの恋愛前より觀念を眞善美の上に立たしめ一切の活動力を発せしむるならば如何に快心の極ならずや、聞説く頃日上京せられし石川兄にこの慰藉ありしとか、出発の際までも窓側近く送別するを見たり、これ等果して如何なるものか、炎天兄時に艶福ならざるなし、都門これを云ふ者あれど姑ら姑らこゝには略せん、五山兄而して失へり、嗚呼世は可笑しきものゝみ、予は「とらへん術ぞなかりける」の方也、然り道学者の門下にある者にこの言発すべきにあらず、喝!

まじきははなはだ残念なれどこれにて寸緒許りまに合せて置いてくれ玉へ、雑誌を十一月中に発刊し度き心組みなれば心定らず、卒業期も近いからこの内から規律的な勉強もやろうと思って居る、今ハとうてい好いものは行かぬ、これも大分二三十枚にする積りなりしか、たゞその一節を取りて今は進ぜる譯だ、これは本と「故園心」といふのでも遠情の巻、うつしゑの巻、遺愁とか旅情とか云ふのであるか、こゝに進げるのはその一に過ぎない、然れど意味も完結してゐるから詰り期日までに差し上げるつけで敢て諸君の前に提くる可きものでない、紙もなし罹(罫)紙へかいてあげるからどうか浄書して頂戴したいもんだ。

抱琴といふ男は随分乱暴だ、何處へどうなったとも知らしてくれぬ、炎天へハガキぺらり一枚で御申譯が立つと思ってるから大変だ、あの男の気をしらぬものあれば怒るものもあろう。今度の新小説に鏡花の起誓文と藤村の舊主人が出て居る、鏡花については多く云ふを欲しない、唯この頃先生が筆跡益ゝ□□に趣くと共に構想とか思構とかいふ事に一向重きを置かんと見える、他人がどうあるか知らんか佳作でもないと思って居る、読んたら批評してくれ玉へ、

この冬は何か小説でも書いて見度いつもりで居る、君一つ手傳ってくれませんか、

後藤も近い中にハ上京するでしょう。

それから原稿がこれで不服なら何んとかするから早速いって頂戴したいもんだ。独法師の自分は実に無味乾燥な生活を送ってると思てくれ玉へ、憐れぢやありませんか、議論しても屁理屈いっても失敬だが予に敵する者はないから、君よ早く君と口論もして見度くなる、喧嘩もして見度くなった、吾には裸心の交誼だから一層なものだ、恋焦るゝとハこんなものでしょうか、

     十一月六日

  菫舟大兄           火燵に寝て乱暴書きする      キ人拝

せん頃の事どうすればいゝでしょう、相談に乗って頂戴

  【解説】正岡子規先生の四十九日を祭、俳諧史の端緒を書いているという。「兄が婚姻を予は悲しく思へりき、詰らなく思ひ、然して二人共に期する所などありしを想起せずや、夫婦の愛情を知りて恋愛の性質を兄は遂に知らざりき」といいながら、「一命を捧げて君に心労少しも厭はざる可憐の少女が満足ある知らずや」、「予は婚姻当時の記念としてハ何等の辞をも作す能ハず、唯その一周年に当る今にして初めて兄が愛を知り、予が如きをして羨やましむるその境遇を祝する也」と、長一好まざる結婚を、友人として同情する一方、結婚一周年に当たって、心労少しも厭わないキクエの可憐な愛情を羨み祝するといっている。また、原抱琴を随分乱暴だ、と非難しているのもこの箕人の性格を物語る。石川一が去って、校友会雑誌を一手にやっている様子である。

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