盛岡タイムス Web News 2012年4月 30日 (月)

       

■ 〈続幕末維新随想〉8 東北諸藩の敗因は

 ■東北諸藩の戦力−敗因は装備だけだったのか

  その一 装備していた銃

  東北戊辰戦争における東北諸藩の敗因としては、今までは主に装備の質の問題が言われている。それは装備している銃のことである。

  戊辰戦争における戦闘の態様は銃撃戦・集団戦であり、兵士が戦闘力を失う原因のほとんどは銃創によるものであるので、装備している銃の性能の影響が大きいことは確かである。

  東北戊辰戦争初期においては、東北諸藩軍と薩長軍を中心とする西軍とでは、装備している銃の性能に相当の差があった。

  東北戊辰戦争が始まった当時、東北各藩の装備の中心は前装・滑腔(こう)・燧(すい)石式のゲベール銃である。開戦当初の東北軍は火縄銃も使っていたが、火縄銃や燧石式のゲベール銃は雨天では役に立たず、実際にそれが敗因となった戦闘もあった。

  それに対し西軍が装備していたのは、前装・施条・雷管式のミニエー銃とエンフィールド銃、エンフィールド銃の改良型である後装式のスナイドル銃、そして当時の最新型であるアメリカ製スペンサー連発銃である。有効射程距離・命中精度・発射速度のどれをとっても、西軍の装備していた銃が勝っていたことは確かである。

  また前装銃の場合は、弾薬の装填に技術を要し、また一発撃つごとに銃身内部を清掃する必要があり、発射速度を上げるためにはそれらに習熟させることが必要であり、銃兵の育成に時間がかかるという問題もあった。

  しかしそれ以上に問題だったのは、次に述べる軍編成であり、それに関連して訓練と指揮官の能力、さらには正規藩士たちの戦闘意欲であった。

  軍編成の問題となると銃装備率のこともあるが、当初は東北諸藩軍は西軍に比較して相当低かったが、戦争後半になると各藩軍とも西軍並に向上しているので、ここではそのことは論じない。

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