盛岡タイムス Web News 2012年 5月 2日 (水)

       

■ 〈日々つれづれ〉119 三浦勲夫 初音

 毎年ウグイスの声を聴くのは、家からほど近い雫石川べりである。土手の遊歩道を囲む四季の花を見、鳥の声を聴き、虫を見ることができる。季節の変化を告げる物の一つにウグイスの初音(はつね)がある。今年もそれをじっと待っていた。

  4月になってもウグイスの声をしばらく聴けず、代わりに聴いたのがキジの「ギェッ、ギェッ」というしわがれた声であった。この声も春を告げてくれる。ウグイスもキジもこの川岸で数を増やしている。時にはヒバリの声が空高くから降って来ることもある。しかしヒバリはじきにどこかに居場所を変えて去っていく。

  その点、ウグイスやキジは同じ所でやぶに身を潜めて暮らす。春、夏、秋と鳴き交わし、冬には声をひそめる。雪に埋もれたささやぶなどの中でじっと春を待つ。雌伏の冬である。だから春の第一声を高らかに上げるときは、喜びと解放感でいっぱいだろう。それを聴いて、人間も春の喜びを倍加させるわけだ。こうしてウグイスの初音を待っているうちに、自分にも何かをし始めるのをじっと待っていた時期があったことを思い出した。

  この遊歩道に来始めて約20年になる。川辺には自然が豊かに残り、心を慰め、浮世の憂さを晴らしてくれる。夫婦で散歩し、語り、時には妻が歩き、私が走ったりした。しかしある日、別の場所で走っていた時に左脚のふくらはぎに肉離れを起こし、それ以来ほぼ15年間走れなくなった。ジョギングが心の張り合いでもあった私は、「もう一生走れないのか」とガッカリし、やがて走るのをほとんどあきらめていた。

  ところが15年ほどして故障も回復し、また走れるようになった。60歳になっていた。遊歩道や運動公園を歩き、少しずつ走るうちに回復していたのだ。65歳を過ぎて、繋温泉まで10`以上も走れるまでになった。30代の自分を少しでも再体験できて夢のようだった。今では走れるだけで満足し、年相応に素直に年を取っていこうと思っている。

  走れなかった15年は、あきらめの15年だった。それは今から思えばウグイスにとっての「冬」みたいな期間だったかもしれない。今では走りのペースも老いてしまい、年の差をかみしめている。それが現実だからしょうがない、と素直に認めている。そのようなことを心で反すうしながら、今年もウグイスの初音を待っていた。

  ある日、用事で上太田に行ったとき、広い田んぼ地帯の上空でヒバリが鳴いていた。天気も上々、ポカポカと暖かい日だった。この分だと、河原のやぶでもウグイスが、歌い出すのではないかと思っていたら、3日後の4月15日に聴くことができた。

  人生80年。日本人は長生きになった。その間にウグイスは世代交代を何回行うだろうか。人は長生きすれば、鳥や、虫や、動物の生態変化を何度も見、聴くことができる。自然に励まされ、慰められ、人は病から癒え、けがから回復し、悩みから解放される。鳥獣や虫たちの短い生涯を見送り、活動の季節の陰には必ず冬眠や雌伏の期間があることを知る。親と一緒に過ごせない虫さえもいる。一方、人は長い生涯の中で何度も雌伏と活動を繰り返すことができる。ウグイスの声も最初は「ケキョ」と簡単だった。今では本来の「ホーホケキョ」になっている。
  (岩手大学名誉教授・元放送大学客員教授)
 

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