盛岡タイムス Web News 2012年 5月 2日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉279 伊藤幸子 本屋大賞

 「あゝ面白かつた」思はずわれに声洩れて三浦しをんの小説を閉づ
                                       橋本喜典
 
  ことしの第9回「本屋大賞」は、三浦しをんさんの「舟を編む」に決まった。書店では紺地に銀色のタイトル文字のこの本が塔のように積まれて「いちばん売りたい本!第一位」「30万部突破」などと扇情的に紹介されている。

  それが本当におもしろいのだ。この賞は「売りたい本が直木賞に選ばれない」という書店員の不満から始まったといわれ、なにかひたむきな熱意が感じられて、これまでの9作みな期待にたがわず読者の心をつかんでいる。

  昭和51年東京生まれのしをんさん。平成18年「まほろ駅前多田便利軒」で第135回直木賞を受賞。彼女の場合は先に直木賞を取っており、人気売れ筋上々で話題だったが直木賞作家が本屋大賞に選ばれたのは初めての由。

  私がこの作家の本を読んだのは「まほろ駅前」のタイトルに引かれて、読みだしたらおもしろくて一日もかからず読み終えた。まさに「ああおもしろかった」と声が洩れた。

  ここは東京南西部の郊外の、神奈川県へ突き出すような形の町。そこの便利屋多田啓介の所にころがりこんできた元高校同級生の行天春彦。ついでながらこの「行天」の姓に、山崎豊子さんのベストセラー「沈まぬ太陽」の仰天四郎のビッグネームをふり払うのに苦労した。

  軽トラック一台を商売道具に、かかってくる電話依頼にどこへでも出向く二人。チワワの世話を頼まれたり、庭や納屋の掃除、塾に通う小学生の送り迎えもする。軽トラを見て「だっせえ車」と文句を言うのをおさえ、親も周囲も少年に無関心な心の砂漠を描き出す。

  行天と暮らすようになって「誰かの内心の動きを推測してみるのは久々のこと。他人とくらすわずらわしさと面映ゆいようなわずかな喜び」を思い、「誰かに必要とされるってことは、誰かの希望になるってことだ」と風来坊の行天に言わせる。現代人のシャイな閉塞感がさりげなくぬぐわれてゆくような感じだ。

  「舟を編む」はある出版社で新辞書「大渡海」を作る話。「馬締(まじめ)光也」という院卒の27歳の社員の奮闘ぶりが実におもしろくおかしく、「辞書は言葉の海を渡る舟」との思いが熱い。たとえば「揃う」の正字俗字の違い。「月」の二本棒が斜めか否かなんて気にもとめなかった。頭が混乱するとマジメさんが「ヌッポロラーメン」を作る。笑いは脳の栄養だ。私も辞書を読むのが大好きだが、かくもしをんさんの筆力、読者サービスにさすが本屋大賞と感じ入った。
(八幡平市、歌人) 

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