盛岡タイムス Web News 2012年 5月 14日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉71 照井顕 畠山耕太郎の「なって頂戴大物に」 

 岩手県知事達増拓也氏が言い出しっぺとなって世に送り出された「コミックいわて」が好評で、その2冊目の「コミックいわて2」が初版1万5千部を刷って発売になった。

  昨2011年に発行された「同・1」のトビラを開いた時、岩手が舞台の漫画作品マップというのがあって、そこに「陸前高田邪頭(ジャズ)音頭」畠山耕太郎「実在のジャズ喫茶・ジョニーのマスター(僕のこと)の話を漫画化した作品」と紹介が載っていた。

  その「陸前高田邪頭音頭」は昔、月刊の「アフタヌーン」という漫画雑誌に読み切りで載り、のち「KIZA」という彼のヒット作がリイド社から単行本で出版された時、最終の第7巻の巻末に「おまけ」で載った作品。そのおかげで、その後、台湾版や韓国版にまでなって1980年代から90年代にかけて話題となったものでした。

  ある時畠山さんが、その原画(原稿30ページ)を持参し、僕にプレゼントしてくれた。僕はそれを新聞社に頼んで、新聞用紙に大量に印刷してもらい、今なお、読みたい人にプレゼントし続けている。それは、1975年高田松原球場で行った、当時の革命的な野外コンサートのドキュメンタリー作品。

  その漫画家・畠山耕太郎の本名は耕史。1959(昭和34)年陸前高田生まれ。中学時代より長距離ランナーを目指し、専修大学時代まで走り続けた。高校時代には、一関・盛岡間や北上・横手間の駅伝で区間賞を取り、「第1回陸中山田マラソン」高校の部10`で優勝するなどし、大学では20`1時間、30`1時間40分で走った。

  大卒後のフリーター時代に拾い読みしたマンガ本を見て、これ位なら俺も描けるんじゃないかと、一年発起し漫画家を目指し、描いた作品が認められ、マンガ家・守村大(もりむら・しん)氏のアシスタントで2年間修業。

  そして26才の時、独立して描いたマラソンマンガ「なって頂戴大物に」は、なんとコミックモーニング新人大賞の「ちばてつや賞」に輝いたのでした。賞金100万円。すぐさま講談社のアフタヌーン誌で、その続編の連載が開始され、全3巻の単行本にもなった彼の初ヒット作。あれから四半世紀、彼は今、仙台にてパチンコやパチスロマンガを描いている。
(開運橋のジョニー店主)

 

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