盛岡タイムス Web News 2012年 5月 21日 (月)

       

■  〈幸遊記〉72 荒井勝巳の純手工ギター

 僕は、若い時からギャグ(ダジャレ)好き。今流行の「オヤジギャグ」ではない、チャチャを入れるところから始まった、筋金入り?の「逆親爺(おやじ)」。ある時、是非、僕に会わせたいシャレの達人が居る、と言ったのはギタリストの故・七戸國夫さんだった。

 その人と、初めて会ったのは、七戸さんの通夜の時だった。しゃべり出してみれば、さすがの凄シャレ。仏前で、いつ果てるともなく、泣き笑いしながら、友人達とのダジャレの応酬、そして僕に「師匠!」と手をついたのは荒井勝巳・名工と呼ばれる純手工ギターの製作者だった。七戸さんが、「最高の音」と言ってくれるまで、徹底して制作研究に打ち込み、創り上げた10年目の作品を気に入って持ち帰り、演奏したのが最後となったらしい。

 彼、荒井勝巳さんは1941年、埼玉県潮来の生まれ。溶接工だった10代の頃、友人が弾くギターに魅せられ、ギターを横尾幸弘氏に師事した。20才の時、同じ教室に通う生徒の持ってきた手作りギターに感動し、先生の紹介でギター製作者・黒澤常三郎氏、そして田崎守男氏にギター製作を学び、27才で独立。埼玉県に工房を構えた。最初に、師の手工ギター工房で触れた自然な音が、彼のその後の人生を決定付けた。ドイツの名ギタリスト故・ベーレント氏が来日した際に彼のギターに出合い絶賛。自ら発注、生涯愛用し、旅先から、近況報告の手紙が来たと言う。それは「世界一流の製作家」への道標となった。

 彼が言うには、名器と呼ばれる楽器とは「まろやかで、芯があって、細くなく、ボリュームに遠達性があり、オリーブ油の様な音がする」ものらしい。彼が製作上、特にこだわっているのはバランス、そして高音よりも「へたばらない低音」を重視する創り方。

 僕は、今だギタリストにはなれず、ただ、タダ、打ち鳴らすだけの乱暴な奏法。それでも、ガンガン鳴り、気持ちいいのだ。ギタリストが弾くと、うっとりする音で鳴る。そのギターは、出会った直後に、彼が僕のために作りプレゼントしてくれた宝物。

 そのギターを貰いにいった1994年の三日三晩、起きて寝るまで将棋さし!彼は物凄く強い!全敗で、「師匠!」と、僕が手を付いた。「お酒です。ご飯です。お風呂どうぞ。」彼の故・禮子夫人の献身的なおもてなし。そしてその後、時折の代筆手紙は、妻の鏡でした。

(開運橋のジョニー店主)

 


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