盛岡タイムス Web News 2012年 5月 31日 (木)

       

■   〈春又春の日記〉57 古水一雄 昨戯録(通巻47冊)

 前回に引き続き春又春の縁談の成り行きを追っていくことにする。「昨戯録(通巻第四十七冊)」は、明治42年12月7日から明治43年1月28日の記述である。春又春は縁談の成り行きを宇治拾遺を模した擬古文でつづっているのでその記述を追いながら事のあらましを追って行きたい。まずは春又春の初恋の顛末から。
          (十二月七日) 

     
  「昨戯録(通巻第四十七冊)」  
 
「昨戯録(通巻第四十七冊)」
 


  このふみ屋のあるじ(注:春又春)初めある町の下駄屋の女をけそうして歌などつくりてこいありけるが女にさだまりたるつまありけりときゝて泣きかなしみたりけるがやがて思いをたちて世は無常なりけりとてさとりてそれより歌もつくらで佛のみぞ念じありたりにその女まこと短かきいのちなりけん秋の頃はかなくなりたりあるじそれをきゝてはかなきものはこひなりけりとてその頃つくりたりけ古歌よみかへしてしのびねに泣きたりそのころのあまりにこひしかりければなどよみつ、世に我が思ふ人もなければとさびしく思ひくらしたりける

  さて、沢内破談を経て伯母や母が名前を挙げた花嫁候補の中に春又春自身も心に秘めていた娘がいたのである。その女性は亡くなった初恋の女性によく似た女性ということもあって思いを深めてきたのであった。そして意を決してそのことを初めて母に打ち明けたのである。この女性についてはこれまでもいろいろな人から話を持ちかけられてきたが、肺病の家系ということで沙汰やみになっていたのであった。本人のたっての願いというのであればと即刻母は仲人を立てて先方の意向を確かめにとりかかるのである 

  このあるじある女を思ひありける、それがかねて思をたちたりける女によく似たりければいよいよ思ひをましたりけるが人にもかたらず母にもかたらで居ぬ、いつまでひとりあらんとて人来りて誰れぞよからん、誰こそよきとあまたかたりよりたりけれどみなうきことに思ひていらへもせでありたるにある夜ふと思ひ立ちけることありて胸の躍りて書もよみえず筆もとりえず、起ちつ居つ、その日はみそかにて忙がしかりければその忙がしさにいきほひをえて思ひに思ひて母に我れこの人こそほしけれとかたりたるに母よろこびていふよう、初めよりこの人こそいはね、いろいろさまさま我がこゝろをくるしめたりける、この人をすゝむる人もあまたありたるがちと肺という病ひのまきなればとひかへてありたりなりといふ、肺こそ我がまきもさなり、肺と肺こそよかるらんといふに母は“は”とわらひてさらばとて其の夜なこうど許りゆきたり       

   女性の家は、春又春の店から町を1つ隔てたところにあって古物を商っている。並外れて美しい娘のいる質屋のかまどなので質流れなども多く商っている。話を持って行った仲人の話では、先方には本家の前を通らなければならなかったが、本家の縁談こそ先にすべきだと仲人を恨んでいるという話も伝わってきて心苦しく思っているとのことであった。かまどの主人も本家の意向を確かめてからというのであったが、4・5日の間仲人は両家を行き来していたが、どうやらまとまりそうだというので仲人と母とは二人で夕方先方に出向いていった。待ち望んでいると仲人が一人で戻ってきた。仲人が祖母に語るのを傍らで聞いていると、かまどの主人は何の理由もなく“くれぬ”というだけである。   

   夕方雪のふりくるに母はなかうどと共にいでつ、その家許りゆくらんとかえり待ちありたるにこれもなかうどなりける人のきたり、母いでたりときいてさなんめりとておほばとかたる、我れも傍にあり、いふやう晝のつゝきをかたりたるにま居りたり、きれたまゝに切らし置くはほいなき事にこそ、といふ、きれたるかとあるじ胸とゞろきて手腕わくわくとゆるぎつゝきゝ居たり、なかうど語をつぎていふことわりわりざもなくたゞにくれぬといふ、

  仲人よりかまどの家を一足先に先に出たはずの母が帰宅したのは九時頃のことであった。母の口から縁談のまとまらなかったことを春又春に伝えることが忍びなくて、仲人が帰ったのを見計らって帰宅したものだろう。すっかり雪まみれになって帰ってきた。春又春は居間に戻って香を焚き座禅を組んで壁に向かい、さめざめと泣きに泣いたのであった。暫く独り言をしながら悲しんでいたが、失恋は自分の大導師だと観念し、25年間の悲願が切れ去ったと気を取り直して、その夜は證道歌(唐代の長歌)をかなしげに誦えて床に就いたのであった。この恋が実らなかったらこの後誰を恋したらいいのかと幾度も思い返していたそうだ。春又春は“昔男はかくぞおろかなりける”と自嘲の言葉で結ぶのであった。

   九時頃ならん、雪や多かる、母真白になりてかえりたり、あるじ居間にかへりて香焚きて坐をくみて壁にむかひてはかなきものは恋なりとてさめさめと泣きつ、暫く独りごとしてかなしみありしが失恋は我大導師だと感念して二十五年の非こゝに切れたりと心を取りなほしてその夜は證道歌かなしげにうち誦していねぬ、この恋成らずば又たれをか恋ひんとかへしかへし思ひかへしけると、昔男はかくぞおろかなりける、 こうして二度目の縁談も成就することなく終わった春又春であるが、その一方結核菌に蝕まれ始めた肉体は胸痛や腰痛を引き起こし、連日のようにマッサージや電気治療に通わなければならなかったのである。


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします