盛岡タイムス Web News 2012年 6月 2日 (土)

       

■ <舗石の足音>406 藤村孝一「長野で立ち寄った『短歌文庫』」

 少々古い話になるが、4月20日から22日まで、長野県の松本市に行ってきた。所属する短歌結社誌「原型」の全国大会に参加するためであった。

 途中、長野市東鶴賀の「齋藤史記念短歌文庫」に寄った。ここには昭和28(1953)年から平成14(2002)年まで歌人齋藤史が住んでおられた。正確には先生の夫君が開いていた医院を改築した2階建ての建物である。改築には現在横浜で医師をなさっているご子息宣彦(のぶひこ)さんが資金をお出しになったという。

  そこから、まず、50bほど離れたマンションの7階に住んでいて、いつも齋藤家の様子を見ていた会員の竹淵梅子さん宅を訪ねた。竹淵さんは一緒に行ってくださった。「文庫」の裏側にある住宅に行って玄関のチャイムボタンを押すと、年配の女性が出てきた。先生の長女伊東章子(あやこ)さんである。「すぐ開けます」と言って鍵を持って「文庫」の裏口にいらした。竹淵さんと表に回って玄関から入った。
 
  章子さんは「文庫」を管理なさってはいるが、公立の文学館と違って多く見学者が来るわけではないから、いつもは「文庫」にいらっしゃらない。それに、宣彦さんも章子さんも全く短歌をお作りにならないようだ。史先生はお子さんについて、ほとんどお詠みにならなかったし、文にもお書きにならなかったので、私生活はあまり知られなかった。亡くなったあと宣彦さんが「齋藤史 お別れ会」のあいさつでお話しになったので幾分私生活が分かった程度である。

  「短歌文庫」の中に入ると、中は10畳間ぐらいの広さで、もう一つ隣の部屋も同様であった。「昔の医院ですから、医療機器も少なかったので……」とおっしゃっていた。部屋の玄関と裏口以外の壁面は6段ぐらいの書棚で、びっしりと本が並んでいた。もちろん、いろいろな歌人の歌集、評論、小説等である。隣の部屋の本も合わせると、千や二千ではきかないだろう。例えば、小高賢、俵万智、水原紫苑、佐佐木幸綱、岡井隆、香川ヒサ、塚本邦雄、前登志夫、馬場あき子、加藤治郎、近藤芳美、加藤克己、森岡貞香、田谷鋭…。 現代歌人なら当然ではあるが、偏りなく読んでいらしたのだ。

  裏口側の上には先生の父上瀏さん母上キクさんの写真が飾ってあった。全国にある齋藤史の歌碑の写真も多くあった。章子さんと竹淵さんは話が弾んでいた。近所に住んでいるのに、いつもはあまり話をしないのだろうか。近くても東鶴賀と柳町と町名は違うが……。1時間ほど後に失礼した。
 
  齋藤史はどの程度の歌人だったのか。亡くなった平成14年(4月26日没)の5月8日にもたれた「齋藤史 お別れ会」にいらしてお話をなさった歌人の名前をあげると、武川忠一氏、森岡貞香氏、岡野弘彦氏、馬場あき子氏、島田修二氏、佐佐木幸綱氏であった。

  膨大な量の齋藤史の作品の中から3首だけ紹介しよう。

  白い手紙がとどいて明日は春となるうすいがらすも磨いて待たう

  死の側より照明(てら)せばことにかがやきてひたくれなゐの生ならずやも

  さくらは人と似るべきものかひとり来てあふぐ空中重さ軽さなし

 

 


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