盛岡タイムス Web News 2012年 6月 3日 (日)

       

■  〈ジジからの絵手紙〉12 菅森幸一 復員

     
   
     

 国の命令で戦場や工場に行くことを動員と言い、その逆を復員と言った。終戦時日本が支配していた中国北東部・朝鮮・樺太・台湾・南洋諸島等には660万人もの日本軍や民間人が暮らしていた。

  日本軍の総数740万人のうち、内地にいた240万人は比較的早く帰郷できたが、残りのほとんどが捕虜となり、特にソ連に降伏した日本軍は極寒のシベリアで苛酷な収容所生活を送り復員までに何年もかかった。寒さの中での重労働と飢餓のために57万人が命を失っている。

  復員とは別に引揚者と呼ばれる人々がいた。国策に従い日本の占領地域で生活していて、終戦と同時に日本本土に帰国せざるを得なくなった人々だ。同胞を守るはずの日本軍からも見捨てられ、女と子どもだけで命からがら母国の土を踏んだ悲惨な実情を帰国した同級生から嫌というほど聞かされた。
やっとたどり着いた祖国は焦土と化し、着の身着のままの引揚者にとって現実はさらに厳しいものがあったが、生きて帰ってきた幸せは何物にもかえることはできなかったと思う。

  何しろこの戦争で大勢の日本人が命を失っているのだから…。

 

 


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