盛岡タイムス Web News 2012年 6月 17日 (日)

       

■ 森永の味のルーツは 盛岡歴史文化館企画展「お菓子で笑顔に」

     
  「森永号」が飛来した御嶽ケ原にあった陸軍跡の一帯には、グループの森永乳業の工場が建つ  
   「森永号」が飛来した御嶽ケ原にあった陸軍跡の一帯には、グループの森永乳業の工場が建つ
 

 盛岡市のもりおか歴史文化館(畑中美耶子館長)は7月21日から9月23日まで、森永製菓の特別展「お菓子で笑顔に」を開く。企業との関わりを通して、盛岡の食の産業史をたどる。森永製菓の盛岡でのトピックは、1931(昭和6)年の宣伝機「森永号」の飛来。御嶽ケ原(みたけがはら)に着陸してキャンペーンし、地元の老舗を特約店に販路を広げた。戦後は御嶽ケ原の陸軍騎兵隊跡地に、グループ企業の森永乳業が進出した。同館は森永を盛岡にゆかりの深いブランドとしてスポットを当て、今後は企業資料の展示にも力を入れる。

  1899(明治32)年創業の森永製菓は、創業者の森永太一郎が洋菓子を大衆化し、エンゼルマークやミルクキャラメルなど国民的なブランドを確立した。
  もりおか歴史文化館で開く「お菓子で笑顔に」は、同社として2回目の本格的な展示会。森永エンゼル財団、同館が主催し、菓子のポスターやパッケージなどの販促物のほか、盛岡の菓子店との関わりなどを紹介する。

  「森永号」は1931年7月31日に、陸軍が駐屯していた御嶽ケ原一帯に着陸し、盛岡市内でキャンペーンしてブランドイメージを広めた。

  もりおか歴史文化館の野中昭美学芸員は「100年を超える大きな会社なら豊富な企業史料を持っているが、ほとんど死蔵されていることが多く、公開したい。森永は盛岡で盛んに活動した歴史があり、昭和6年には陸軍がいたところに飛行機を飛ばして話題を呼んだ。地元に販売経路を確立するため各地の上菓子店に販売を頼み、盛岡の老舗とも深くつながっていた」と話す。

  森永は関東大震災の時代から義援に力を入れ、阪神大震災や昨年の東日本大震災に際しても被災地を積極的に支援した。企画展では企業の社会貢献を紹介し、食文化を通して時代の歩みをたどる。

  森永製菓コーポレートコミュニケーション部社会貢献グループ史料室の野秋誠治氏は「盛岡にも森永の初期の顧客が多かった。震災のあとは菓子を配ったり、プレゼントしたり、できる範囲でさまざまやってきた。そうした資料をまとめて公開したことがなく、盛岡は東京に続いて2回目。懐かしいお菓子の箱やポスターなどを通して森永を見てほしい」と話している。



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