盛岡タイムス Web News 2012年 6月 20日 (水)

       

■ 〈日々つれづれ〉126 三浦勲夫 雨と恋人たち

 今週は雨や曇りの日が続いた。6月9日(土)は「チャグチャグ馬コ」の日だった。あの日も曇り空で時折小雨が降った。あれから一週間後の土曜日だ。夜の9時から一時間余り、傘をさして、スノトレ・シューズを履いて夜道を歩いた。途中、ブック・オフに寄って、CDを一枚買った。エルビス・コステロという英国歌手の物である。

  私は彼を知らない。授業(比較言語論)をしている短大の学生の一人が「歌の翻訳」の一例として、その歌手のSheという曲を取り上げてほしいと希望してきた。CDにその曲はあいにく入っていないが、別の曲で我慢してもらおうと思う。「エルビス・コステロのCDはどこにありますか」と聞くと、カウンターのバイト君は手慣れた様子で、500円以上のコーナーに案内してくれた。950円の物が1枚だけあった。

  それを買い、国道46号の雨の夜道を舘坂橋まで歩いて引き返すと一時間余りだった。自動車が舗装に雨のタイヤ音を響かせて何台も過ぎた。自分の頭に浮かぶ「雨」の古い歌と言えば、まずジーン・ケリーの『雨に歌えば』(1952)である。雨に打たれてずぶ濡れになりながら、なんとも陽気な歌だった。歌詞の中にもあるが、他人が見れば「ばかみたい」と思うくらいのご機嫌ぶりだ。理由は「恋」をしているからだ。

  『ラバーズ・コンチェルト』では雨が優しく降る。牧場、雨、小鳥、虹、恋人からのプロポーズ。その幸せが永遠に続くよう、将来いつかまた雨の日にこの牧場に二人で来ましょう、という幸せいっぱいの歌である。サラ・ヴォーンが歌った(1965)。

  『シェルブールの雨傘』(1964)は切なくも純真な二人の恋人の曲である。上空から撮影した群舞する傘の色が実に明るい1シーンが視覚に残る。黒い雨傘が常識的なヨーロッパで、それは見事な対照だった。ちなみに『雨に歌えば』のジーン・ケリーが差して歌った傘も黒だった。黒い傘の下で精いっぱい、明るい恋を歌った。若さと恋と愛があれば、雨など無関係で、陰気さを一蹴する希望を与える。同時にそれが逆転する皮肉も表す。

  『悲しき雨音』(1963)も古い歌だ。去って行った恋人をしのぶ歌である。雨だれの音を聞きながら、リズミカルに思いをはせる。雨の滴は「ピタパタ」(pitter-patter)とリズムを刻む。時を測る水時計「漏刻」(ろうこく)を思い出す。遠雷の音が入る。雨が上がる予兆である。どこかに去って行った恋人をまた送り帰してほしい。未来に現れるのは元の恋人か、新たな恋か、それは不明だが、希望が生まれる。

  雨の滴の一つ一つが、時間の一秒一秒を刻む。まさに「時を刻む」。日本は温帯モンスーン地帯で、降水量が多く、軽い霧雨から台風の暴風雨に至るまで種類が多い。そして雨を表す言葉も多い。ネットでは29種類あった。搭載されていない物もあるから、実情はそれを超える。聞きなれない物は「緑雨」だった。初夏の林や野原に注ぐ雨だろうか。ならば『ラバーズ・コンチェルト』の雨である。雨も平気。キューピッドの矢が二人のハートを射抜き、恋が芽生え、生涯の誓いを固めた日である。若い緑雨が永遠の「時」を刻む。日本の明るい雨の歌なら「雨が小粒の真珠なら、恋はピンクのバラの花」の『雨の中の二人』(1966、宮川哲夫詞、利根一郎曲)だった。(岩手大学名誉教授・元放送大客員教授)


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