盛岡タイムス Web News 2012年 6月 27日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉287 伊藤幸子 お寺さんの四季

 せつ子来るせつ子もう帰る吾の名の飛び込んで来る亡母(はは)の日記帳
                                              酒井せつ子

  4月23日付朝日歌壇より。作者は群馬県の曹洞宗長徳寺の大黒さんで、高僧酒井大岳先生の奥様である。もとより酒井先生は朝日俳壇の年間最優秀賞も受賞されたご常連で著名だが、年明けからのご夫妻のご活躍には目をみはるばかり。この「せつ子来る」の歌は選者共選の星印に輝き「老母の日記を亡きあとに開く。娘の名の頻出に思いがこもり哀しい」と馬場あき子評に余情がこもる。娘が嫁いで孫が生まれても、やっぱり「せつ子来る」であり「せつ子帰る」なのだ。ジワッと涙がわいてくる。親が子の名を呼ぶ頻度は、その子が親になっても変わらず、私も息子に対して、孫の前でも「お父さん」と呼ぶのに気がひける。同居家族ならまた別かもしれない。

  「容赦なく降り積む雪を掻き分け来(く)嫁ぎし猫が炬燵に眠る」3月26日付の作品。お寺には猫好きのご夫妻に愛されて猫がいっぱいいるらしい。「嫁ぎし猫」の居場所があたたかい。

  ところでこのお寺からさいたま市に嫁がれたのはお嬢さんの齋藤紀子さん。「万緑を掻き分け寺へ帰りけり」と秀吟をものされて5月28日大串章選にて「万緑に覆われた寺。〈掻き分け〉〈帰りけり〉に味わいがある」と高い評を得られた。群馬県吾妻町の由緒ある萱葺きのお寺さんと伺い、代々仏道詩道を究められ、栴檀林の芳(かんば)しさが想像される。先生のご著書はすでに60冊を超え国内外の旅も充実されている。

  6月12日、恒例の仏教講座が岩手県民会館で開催された。酒井先生は開口一番、おととい10日の朝日歌壇で、富山市の松田わこさんの〈すごい虹出てるよしかも二重だよ勉強してる場合じゃないよ〉をあげられて「すごい感性ですねえ、大人はなかなかこうは詠めません」と絶賛された。この日の演題は「わが俳句と人生」として自作26句をもとにあざやかに詩歌の世界に導かれる。先生17歳から60余年の句作曼陀羅に生きる力を賜り圧巻だった。

  酒井先生は常に「人に喜ばれる悦び」と諭される。今回は「創る喜び」を諄々と説かれた。そうして6月18日、「猫の子を丸洗ひして妻機嫌」の句に感じ入った。「〈丸洗ひ〉が上五下五に両掛り」と金子兜太評に輝く。「見てもらひたきひとに見せ雛納む」はせつ子さんの句。先生のご著書にはよく「句をさずかった」とある。お寺さんの四季、猫も鳥も、見てもらいたい人もいっぱい。新聞歌壇俳壇にまたどんなお作を拝見できるか楽しみである。
(八幡平市、歌人)

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