盛岡タイムス Web News 2012年 6月 29日 (金)

       

■ SAVE IWATE 店舗式の物資提供6月限り 被災者支援に成果残す

     
  6月末で店舗形式の物資提供を終えるもりおか復興支援センター2階  
  6月末で店舗形式の物資提供を終えるもりおか復興支援センター2階
 
  東日本大震災復興支援チーム「SAVE IWATE」(寺井良夫代表)は、盛岡市鉈屋町の番屋と同市内丸のもりおか復興支援センター2階で行ってきた店舗形式での支援物資の提供を6月末で基本的に終了する。今後は市内で生活する生活困窮者への食品や生活必需品などの支援を継続していくほか、番屋や同センター2階を活用して被災者のリフレッシュや生活再建につながる事業を展開していく。

  震災直後の昨年3月に同市内の有志により立ち上げられた同団体の活動でも支援物資の提供は大きな柱の一つだった。発災直後は、物資をもらえる人、もらえない人がいたため「必要とする誰もが物を持っていけるやり方がふさわしいのではないか」(加藤昭一事務局長)と、店舗形式での支援物資提供を開始した。

  同センター2階には、支援物資として集まった靴下や下着、Tシャツなどの衣類が並べられた。ひと月当たりの来場者は約1千人。寒い冬を迎える秋口には冬物衣類、暑い夏が始まる5、6月には夏物の衣類を求める人で連日にぎわった。仮設住宅や見なし仮設住宅で生活を始める人にとって全ての物が必要だった。

  大槌町で被災し同市で生活する女性(78)は「昨年の8月ころから、数え切れないほど来ました。リュックとかシャツとかほとんどここのお世話になった。ここがなければ生きられなかった。知らないまちに来たので、自分から率先して出ようとしなければ会話もできない。次に何かやるときもできる限り参加したい」と感謝していた。

  避難所から仮設住宅や見なし仮設への移住がほぼ完了した昨年9、10月ころから、被災者のニーズにかなり変化が出てきた。従前通りに仕事のある状態の人は物が買えるようになり、沿岸から来ていた人も仮設商店街などができて地元の店で買い物することが地域の復興支援につながるようになってきたという。 

  一方、市内で生活する被災者約730世帯のうち、同センターの相談支援員が昨年7月から約550世帯を戸別訪問した結果、年金が少なく生活が苦しかったり、就職先が見つからないなどの理由から引き続き物資支援を必要とする生活困窮者が約25%に上った。

  同団体では昨年10月、こうした生活困窮者へ定期的に物資を提供する活動を始めた。加藤事務局長は「生活困窮者の人に対しては引き続き食料や生活必需品などを中心に支援をしていく。そのための物資の確保やそれらを買うための活動資金の確保には引き続き力を入れていきたい」と話す。

  スタッフや被災者同士の会話を楽しみに番屋や同センターを訪れていた人もいたため、両施設ともこれまで通りお茶を飲みながらスタッフらと話などができる雰囲気は維持する。同センターでこれまで実施してきた文士劇の観劇や山菜採りなど季節に応じたリフレッシュ活動、サロンや各種サークル活動なども引き続き開催していく。

  番屋や同センター2階では復興ぞうきん、三陸和のクルミプロジェクトに続いて立ち上げられた「ミシン工房羅針盤」の活動も行われる。同活動は提供できなかった衣類などをリメイクし、被災者やボランティアがバッグや袋物などを作成。これまでさまざまな協力をしてきた支援者に感謝の証しとして贈る。

  被災者や支援者が作った作品の展示会、今後の住宅を建てる際に活用できる制度などを学ぶことができる被災者対象の講習会なども計画する。センターの空きスペースは、新たなサークルを立ち上げた被災者に貸したり、本などを持ち寄ってミニ図書館とするなど、可能性はたくさんあることから、被災者ができるだけ自由に使えるスペースとして活用していく。

  加藤事務局長は「来た人にいろいろな話を聞き、ニーズを絶えず得ていかないことには喜ばれる利用の仕方は提供できない。今、被災者が考えていることは、自分が帰るところはあるのか、それを作れるかなど生活に対する不安だと思う。私たちはそれに応えられる人、組織になっていかないと」と今後も被災者ニーズに沿ったサービスの提供を誓う。


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