盛岡タイムス Web News 2012年 7月 6日 (金)

       

■ 〈大連通信〉24 南部駒蔵 席を譲られて

 バスに乗った。奥に入っていくとさっと立って若い男が席を譲ってくれた。私は面食らって「プヤオ、シエシエ(不要、謝、謝)」と言って遠慮した。翌日、またバスに乗った。若い女性がさっと立ち上がって席を譲ろうとした。今度も私は断った。すぐ次のバス停で降りる予定だった。「大連の人はよくバスで席を譲ってくれる」と留学生から時々聞いた話を私は身をもって体験したのである。

  しかし、私は席を譲られたことがショックだった。席を譲られたのは生まれて初めての経験だったからである。それは「俺は老人なのだ。老人に見えるのだ」というショックだった。しかも2日続けて、一度目にショックを受け、それが間違いないことを2度目に念入りに確認させられたのである。暗い気持ちになった。ハンチングなどかぶり、若い気になって、恋の一つや二つくらいしそうな気持ちでいるが、私はもはや人に守られて生きるあわれな老人なのだ。

  老人と我は見ゆるか 車内にて 席譲られて うれしと思はず
  (元岩手医大教授)


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