盛岡タイムス Web News 2012年 7月 16日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉80 照井顕 箱崎幸子の最後の抱擁 

 テレビ創成期の人気番組で、小説・漫画・映画・レコード化など、現代メディアの先駆けとなった「月光仮面」。その原作者で脚本家、作詞家としても超大物だった、故・川内康範(こうはん)氏(2007年、歌手・森進一との「おふくろさん」騒動が記憶に新しい)は、その翌年、87歳で亡くなったが、入院先のベットから「いわきで飲みたい、晋一郎君の墓参りをしたい」と1通のはがきを出した。宛先は、福島県いわき市に開店したばかりの「ラウンジ抱擁」。同市は、川内氏が疎開して4年間住んだまち。その時の昭和23年、氏は第一回福島県文学賞を受賞し、彼のスタートとなった原点の地でもある。

  「ラウンジ抱擁」は、生前氏と親子の様に親交を深めた、岩手出身の歌手、故・箱崎晋一郎さんの未亡人、箱崎幸子さん(52)がふるさとに開いた店。そのいわき市にある箱崎家の墓の横には、「箱崎演歌の詩雲流れるが如し」と川内康範氏が自ら揮毫(きごう)し贈呈した詩碑も建っている。

  箱崎晋一郎、1945年2月17日生まれ。1969年発売のデビュー曲「熱海の夜」が大ヒット。10年後の「抱擁」で再びのヒットに恵まれ、最後の曲となった「東京運河」が3度目の兆しを見せる中、末期肝臓がんに倒れ亡くなったのは、88年(昭和63年)の夏だった。享年43歳。

  それまで専業主婦で、3人の子どもが居た妻幸子さんは、夫最後の曲となった「東京運河」を自ら歌い継いでヒットさせたいと、ボイストレーニングに通い続け、7年後の95年にその「東京運河」で歌手デビューした執念の人。新宿のクラブで歌い、赤坂には「エンブレイス」(抱擁)を開店。さらに、10年後には、故郷に戻り店を開き、さらに3年後の2008年、晋一郎さんの誕生日に合わせ、その「ラウンジ抱擁」を、いわき駅近くに移店した。店内には「無償の愛惜、無上道!!」平成19年(2008)11月5日川内康範。と、したためられた色紙。

  店に立つ歌手・箱崎幸子さんは、今も美しい。青春時代には、福島民報社が主催した、ミスいわきコンテストで、何と、10万票近い読者票を獲得し優勝した美人。その彼女がマイクを握り、歌い出した。「好きよ好きよ好きよ…」と身にしみる歌詞と声、その素敵な大人のうたは「最後の抱擁」。じわじわ人気の曲らしい。おもわず1枚買いました。
(開運橋のジョニー)


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