盛岡タイムス Web News 2012年 7月 21日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉272 岡澤敏男 「禁治産」といタイトルの劇

 ■「禁治産」というタイトルの劇
  『校本宮沢賢治全集』12巻上にある「創作メモ」の創45は「禁治産」と題した一幕物の劇で、舞台は〈ある小ブルジョアの納戸〉と設定され、家長(55歳)と長男(25歳)、母、妹、妹のスタッフが登場する。劇は「長男空想的に農村を救はんとして奉職せる農学校を退き村にて掘立小屋を作り開墾に従ふ。借財によりて労農芸術学校を建てんといふ。父と争ふ、互いに下がらず 子つひに去る」という梗概となっている。長男のモデルは明らかに賢治自身で、「労農芸術学校」の「労農」の名号には、大正15年10月31日に発会した労働農民党稗和支部との関わりを感じさせる。ただし伊藤克已(協会員)が「或日午後から芸術講座(そう名称つけた訳ではない)を開いた事がある。トルストイやゲーテの芸術定義から始まって農民芸術や農民詩について語られた。従って私達はその当時のノートへ羅須地人協会とは書かずに農民芸術学校と書いて自称してゐた」と述べており、「労農」とは「農民」の同義語として発想したのかも知れない。むしろ労農の名称より「禁治産」というタイトルに注意が引かれる。この「禁治産」の言葉にこそ、賢治が抱懐するとてつもなく深刻な深淵がイメージされるのです。大正15年4日に上京し29日まで約一カ月に及ぶ在京中に、賢治は羅須地人協会に必要なエスペラント、オルガン、タイプライターを学習し、図書館に通い築地小劇場、歌舞伎座の立見をしているが、父政次郎に発信した5通の書簡のうち12月12日並びに15日の書簡に「禁治産」をイメージさせる内容があるのです。

  「(前文省略)どうか遊び仕事だと思はないで下さい。遊び仕事に終わるかどうかはこれからの正しい動機の固執と、あらゆる欲情の転向と、倦まない努力とが伴うかどうかによって決ります。生意気だと思わないでどうかこの向いた方へ向かせて進ませて下さい。(中略)これから得た材料を私は決して無効にはいたしません。みんな新しく構造し建築して小さいながらみんなといっしょに無上菩提に至る橋梁を架し、みなさまの御恩に報ひやうと思ひます」(12月12日付)

  「今度の費用も非常でまことに申し訳けありませんが、前にお目にかけた予算のやうな次第で殊にこちらへ来てから案外なかかりもありました。(中略)けれどもいくらわたくしでも今日の時代に恒産のなく定収のないことがどんなに辛くひどいことか、むしろ大きな不徳であるやうのことは一日一日身にしみて判って参りますから、いつまでもうちにご迷惑をかけたりあとあとまで累を清六や誰かに及ぼしたりするやうなことは決していたしません。(中略)みなさまの御心配になるのは、じつにこのわたくしのいちばんすきまのある弱い部分についてばかりなのですから考へるとじっさいぐるぐるして居ても立ってもゐられなくおります。(後略)」(12月15日付)

  この2通の書簡は羅須地人協会設立の意図と、経済的基盤の危うさを明らかにしている。賢治は「小さいながらみんなといっしょに無上菩提に至る架橋」を架して家族への恩に報いる理想をかかげているものの、定収入のないことを気にして「居ても立ってもゐられなくなる」ほど心配しているのです。結局は、息子の「空想的な仕事」を肯定しない父政次郎の財力に頼るほかにない、その無念さが「禁治産」というタイトルに凝集されているとみられます。

 ■伊藤克已「先生と私達」(抜粋)
      (草野心平編「宮沢賢治研究」まきより)
  (前文略)その頃の冬は楽しい集まりの日が多かった。近村の篤農家や、農学校を卒業して実際家で農業をやってゐる真面目な人々などが、木炭を担いできたり、餅を背負ってきたりしてお互い先生に迷惑をかけまいと、熱心に遠い雪道を歩いてきたものである。短い期間であったが、そこで農民講座が開講されたのである。(中略)或日午後から芸術講座(さう名称づけた訳ではない)を開いた事がある。トルストイやゲーテの芸術定義から始まって農民芸術や農民詩について語られた。従って当時ノートへ羅須地人協会とは書かず、農民芸術学校と書いて自称してゐたものである。また或日は物々交換会のやうな持寄競売をやった事がある。(中略)主として先生が多く出して色彩の濃い絵葉書や浮世絵、本、草花の種子が多かったやうである。その頃の農閑期を利用して私達は農民に必要な日用品を副業で自給自足しようと言う事になって先生の斡旋で、忠一さんは農民服、与蔵さんは帽子、私は木工と言う事だったがそれは何れも実現するに至らなかった。(以下略)


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