盛岡タイムス Web News 2012年 7月 23日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉81「新妻好正の縄文魂」照井顕

 東北南東の涯(はて)「磐城」に東北北西の涯「津軽」の魂を呼び寄せることから始めた、縄文魂(ジョウモンソウル)「風の祭り」は、30年間、60回開催され、2012年7月1日、その幕を下ろした。

  「風の祭り」は、表現者(出演者)・観客・縄文魂の会(スタッフ)による三者の交感実験磁場。その時、その場でなければ形に成らない、新しい芸術文化の生まれ落ちる様を観ることができた無二の前衛総合芸術劇場。

  会主は、かつて高校の国語教師だった新妻好正(65)。同じ福島とはいえ冨岡町に生まれた彼は、田舎出身の反動から、東京弁にあこがれ、日大文理学科へ入学した。シティーボーイを目指したというが、70年安保闘争中の、バリケードの中で、青森県黒石出身の後輩が、「田舎で出た本です」と、高木恭造の「まるめろ」という詩集を朗読してくれた。不思議な津軽弁のそれらの意味は解からなかったが、新妻さんには、まるで音楽のように聞こえたのだった。

  以来、北を訪ねて直感したのは「文化は北から下りて来たのだ」ということ。青森県にて、さまざまな表現者たちに出会い、気が付けば、自宅の書斎は、北の資料館分室的様相。遂には長文の手紙を、津軽出身のシンガー・ソングライター・三上寛に書いた。その気付先は、陸前高田のジャズ喫茶ジョニー。

  その1980年4月20日、三上寛・渋谷毅デュオの日に読んだ三上さんは、「明日いわきへ連れてってくれないか」で始まった、津軽の宵。その第1回(83年)の副題は、「濡れて路上いつまでもしぶき」。そうだった!あのしぶきはあれから30年も道を濡らし続けてきたのだと今にして思う。

  「月よりもっと遠い場所、それは劇場だ」とかつて寺山修司が率いた「天井桟敷」の劇団員が叫んだと三上さん。そうだ、彼もまた、確かその天井桟敷にも関わった人!と、思い出す。

  東北いわき鬼市場「風の祭り」最終回は、いわき芸術文化交流館アリオスの小劇場。出演したのは、地元の高校生や舘じゃんがら念佛保存会。そして三上寛、キムドウス、福島泰樹、佐藤道弘・道芳、海寶幸子、國仲勝男、太田恵資、永畑雅人、石塚俊明、福士正一、鈴木秀次、粥塚伯正、とさまざまなジャンルの巨人たち。その中に、盛岡から新人・金本麻里。この娘の凄さには誰も彼もが、驚きを禁じえなかった。僕さえも感動で涙がにじんだ。
      (開運橋のジョニー店主)


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