盛岡タイムス Web News 2012年 7月 25日 (水)

       

■ 〈日々つれづれ〉131 三浦勲夫 リフォーム

 6月12日に着工したわが家のリフォーム工事はほぼ終わろうとしている。当初は3週間で終わると思われたが、現在5週間を越している。遅れた原因はユニット・バスの納品が遅れたことだ。昨年の大震災の影響もあって、品物によっては不足があるらしい。リフォームが階下で始まってから、2階で寝ることになり、入浴は他の所で行い、食事はその日の工事が始まる前と終わった後、休憩時間の間に取った。

  現在は大掛かりな工事も騒音もなく、平穏に暮らせる。入浴も自宅でできる。新しいバスにも慣れてきた。当初は古い部屋や建具などに一種の愛着があったので名残惜しさを禁じえなかった。しかし今はこれから住まうことになる新しい床、壁、浴室、建具等に、明るい住みやすさを感じている。

  町内でもリフォーム工事が数件行われている。大震災の被災県(岩手、宮城、福島)には20―30%割引の特別価格で、建材や製品が販売されている。期間限定で商工会議所等では地域内で通用する商品券を発行してリフォーム工事を援助している。偶然ではあったが、わが家もそれらに該当した。

  工事が始まったばかりの時に「リフォーム」と題して書いた文がある。完成後の姿が見えないせいだろうか、今までなじんできた部屋に対する愛着と記憶がつづられている。それに対してほぼ完成した今の心境は、当初の「郷愁」がかなり弱まっている。これからそこで過ごす家屋の中に、自分の将来を思う気持ちの方が強い。

  あと何年ここで暮らすのだろうか。あと何年、健康で暮らせるだろうか。特にわが家は両親とわれわれ家族の住むいわゆる「二世代家屋」だった。父親が亡くなり、母親が老人ホームで暮らすようになり、両親部分の空間が空っぽになった。その部分もなんとか受け継がなければならないが、両親の生き方の例が記憶に新しい。

  取り越し苦労かもしれない。子どもらの世代があるのだから。ここまで書くと「少子高齢化」の5文字が頭をよぎる。子や孫の世代には将来、親や祖父母世代の生活に対する負担がかかる。あまり安閑として高齢者は余生を暮らせない。ここは社会の福祉体制をリフォームしていかなければならない。そのための負担を高齢者も覚悟しなければならない。

  話は変わるが、昨日(7月21日)、自分が担当する岩手大学公開講座があった。「教養と実用の英語活用講座」で、その後に「納涼懇親会」が構内のレストランで行われた。参加者は30代から70代まで23名だった。他人の英語発表を聞き、自分の意見を発表し、教養を増し、表現力をつけ、総合的に教養と実用の英語を磨く。参加者が全員、それを実に心から楽しんでおられる。一人一人がその思いを吐露された。

  私は講師として重い責任を痛感すると同時に大きな喜びも味わった。自分には生涯学習としての英語をしっかりと周囲の人々に根付かせ、成長させる役割がある。その面でも自分はただ一人ではなく、他の人たちからの期待に支えられ、いくばくかの生きがいを提供させてもらっている。古い言葉でいえば「もって銘すべし」というところか。生きがいこそは人生に対する勇気を与えてくれそうだ。
(岩手大学名誉教授・元放送大学客員教授)


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