盛岡タイムス Web News 2012年 8月  8日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉293 伊藤幸子 のうぜんかずら

 風を呼び風と遊べる朱の房の凌霄花(のうぜんかずら)の影に我れ寄る
                                   山本啓子

  2011年版現代万葉集より。のうぜんかずら、盛夏の雲の峰にすがらんばかりに強烈な存在感を示す花。この花の名を戒名に眠る作家の忌日が巡ってくる。「凌霄院(りょうしょういん)梵海禅文居士」立原正秋。昭和55年8月12日、食道がんで54歳の生を閉じられた。私は今年も夏の始めごろから立原作品を読み返している。24巻の全集には、詳しい年譜があり、大正15年韓国生まれ。父親は禅僧で安東市の天灯山鳳停寺にて、5歳の正秋は「梵海禅文」と名付けられ雲水達と生活をともにした。その年、父の自裁に会う。四書五経を読み、千字文を手本として書をよくし、剣の道にも秀で古武士のような生活信条を身に課した。

  私が氏の作品に引き込まれていったのは昭和48年、日本経済新聞に連載された「残りの雪」が初めだった。それまで経済紙は夫専用と思っていたがこの連載小説はおもしろく、夫よりも先に目を通すのが習いとなった。今回読み返してみて、完璧な美意識の人、坂西浩平と人妻里子との「大人の恋愛小説」にまたしびれた。「少しいびつな李朝の壺」としていつくしみやまぬ男の嘆息が伝わってくる。

  引き続き昭和52年から「春の鐘」連載。作者50代のころ、脂ののりきった働き盛りの筆が冴え、連載をいっぱい抱えておられた。「残りの雪」では白磁の壺に美を確認した読者を、さらに深い世界へといざなってくれた。鳴海六平太と石本多恵の古寺大和路の探訪は居ながらにして歴史文学美術のカルチャー教本ともなった。

  古寺金堂の釈迦三尊、五重の塔を横切って回廊を通り、経蔵の前から講堂に行く。「仏さまにどうにもならない悩みを預けたんだ」「仏さまは預っておくとおっしゃったの?」「さあ、それは聞いてみなかったな」春陽の中であたたかい二人の会話。「残りの雪」以上に明確な愛の形を展開した作品になった。ずっしりとした掌の中で確かな手応えの生の「作品」を創り上げる男の目が澄んでいる。二人だけに聞こえる鐘の音―。

  酒豪とグルメで知られた作家。「私の酒はお茶と同じだから、日本酒に換算して四升から五升までなら常と変わらない。五升を越したらすこし酔ってくる。そんな時はめったなことは言わないようにしている」なんてすごい話。しかもたばこを手にされている写真が多い。33回忌の文士の命日、「信じられるのは美しかないだろう」と、凌霄花の美が揺れている。
(八幡平市、歌人)



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