盛岡タイムス Web News 2012年 8月  8日 (水)

       

■ 〈日々つれづれ〉133 三浦勲夫 一人静

 アネックスとは別棟のことである。家族とも離れたそのような一人の空間であり、仕事や放念の絶好の場所となる。場所を変えて仕事をすれば発想が変わり、仕事にも集中できる。幼い子どもも、旅をすれば俗に「知恵がつく」と言われる。

  図書館で勉強する人も多い。公共のアネックスである。他人の存在は邪魔にならず、逆に勉強の励みになる。群衆の中で自己を強烈に意識し、同時に競合の中で連帯を意識するのだろう。しかし、仕事が一段落すると、家族の元に戻るところを見ると、家庭は心をいやす港の役を果たしている。アネックスにはない役割だ。

  場所と同様、心も他人との共存、競合、他人から分離した自分だけの部分に分かれる。それぞれが人間存在の基本条件である。しかし、心でも、建物でも、それを有効に活用するにはいわば「利用料」を払わねばならない。掃除、草取り、物の整理、施設利用の規則順守などに当たる。それで「一人静」も「二人静」も「呉越同舟」も生きてくる。

  ヒトリシズカという草がある。10〜30aの草で4枚のつやのある葉が輪生し、4〜5月に白い花をつける。茎の先に1本の穂状花序を出すのがヒトリシズカ、2本出すのがフタリシズカである。かれんな花を源義経の妻、静御前にたとえたという。

  静は夫を兄・頼朝の追手から逃すため、敵方の侍の前で舞いを舞い、頼朝と義経が和解したとの偽りの口上を述べ、企ては成功した。「吉野静」という謡曲になる。しかし最終結果は悲劇に終わることは、判官贔屓(ほうがんびいき)の国民に広く知られている。平泉は義経一党をかくまった地である。宮古の黒森神社は古くは九郎森神社といい、源九郎義経の来訪と隠棲を記念した神社だという。義経は宮古からどこへ行ったのだろう。蒙古に渡ってチンギスカンになったという伝説も作られた。田野畑村の畠山姓は源氏の畠山重忠(頼朝方)の子孫だという。

  「一人静」を心地よく味わうには条件がいる。「いつも一人静」では人間界から外されたわびしさが漂う。孤高、独立独歩の人にはすごさと同時に、世との隔絶という寂しさもあろう。あるいは世との闘いと言う点に、世との絆を求めているのだろう。それを承知して「一人静」の境地を楽しみ、仕事を終えて「一人静」の世界から「家庭」へと回帰するもよし。じっくり自分と向き合えば、自分が見え、周囲の人も見えてくる。人間の絆の大事さに気付き、それを失った人への同情も生まれる。

  小学生のいじめ事件が国民の話題を集める。折檻(せっかん)により親が子を殺す。加害者、被害者の関係が周囲にはっきり分かれば対処もしやすい。勇気を持ってそれを止める教師や友人や他人がいれば、という話だが。加害者と被害者の関係が目立たない場合が多いから、監視と察知の網の目を緊密に張り巡らさなければならない。

  自分を守る者はまず自分だが、友人もある。家族もある。教師もある。近所の人もある。一人だけでは無理ならば、味方に言葉で訴え、涙で訴え、表情で訴える。周囲はその信号をキャッチして解決に立ちあがる。個人を守る社会、社会を守る個人の確立(一人は全体のため、全体は一人のため)が基盤だろう。
  (岩手大学名誉教授・元放送大学客員教授)



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