盛岡タイムス Web News 2012年 8月 17日 (金)

       

■ 〈学友たちの手紙〉89 八重島勲 石川君が何處かへ行った

 ■122巻紙 明治三十六年二月十三日付

宛 東京麹町区飯田町四丁目三十一 日松舘 野村長一様 親展

発 盛岡八日町八十三 下閉伊郷友会自炊部 辰公(工藤專助)

拝啓毎度御迷惑を掛け誠に恐入候、僕の兄木(貴)の居る處は今迄の處、即ち京橋区築地明石町三十一田村病院内ニ居、御足労乍ら保証人之事は僕の兄きと御相談被下候ハゝ、如何にか相成可申候、勿論君の保証人も何うとか相成べく候、明法では一週間位も通学せねば云々との事有之候らしも、彼の不規律極まる私立学校の事なれば出席欠席等は一向不明かと存せられ候、然れば入学と同時に證明書を呉れずとも一週間も経過せば呉る(ヽ)事と存ぜられ候、

盛岡中学校云々の事有之候らへ共、僕などハ去年己に盛中の補習科で一年志願兵を取消し置きたれば今年は学校より證明書を貰ひてもとても駄目に候、先方にて受付け間敷候、
印形の事は君のいゝ用に三文半(判)なり(未だ印鑑届しなけれバ)又兄き(の)處に「工藤」と云ふ見とめ(認め)あるやも知れず御問に合せ被下度候、

保證人なとハ憂るに足らず、又金ハ近日中に送る、若し又大に不都合ならバ兄きと會た時僕の分が是だけ不足だから何うかして呉れと迷惑だろうが云って呉れ給へ、
今月も己に半なり、あまりのんきに構へてハ居られず、何れよろしく頼む、兄きの方へも僕から云っやって置(き)くから、

大川君、石(岩)動君、後藤君の諸子へ遇った時ハ、実に御無沙汰をして居るが今は專助

の精神ハ多少異常呈して居るから手紙など全(く)書けんと云ふて呉れた給へ、支那行ハとうとう駄目だそうだ、されバと云って未だどうすると云ふ様な見当もつかず(目下考案中)其外に多少僕をわつらわす事件があたり、又徴兵の方も打捨ってハ置かれず(君に依頼してあるけれどもあるけれども)是等が重もに考込み即ち打ませる原因だ、何程考へてもやっぱり同じだとハ思ふが、共に談ずると云ふ友もなければ、唯餓鬼大将と云ふ有様、実に東都自炊の当時が思出される、

石川君が何處かへ行ったなと談を一寸聞いたが事実かしら、
                                  辰公
   勝公殿

小公子は其儘まだ置いて呉れ給へ、
学校の證明書も入用ならんと思ふて二人分貰ふ(ひ)封入せり君の生年月不明なる故よき程に書けり、不都合ならば後にて打をし給へ、

 【解説】前便と同じく徴兵猶予願の手続きに必要な書類、在学証明書、保証人のことについて書いている。工藤專助の兄が「京橋区築地明石町三十一田村病院内ニ居」るので、ご足労だが、行って保証人の書類をもらってきてくれ、とか「明法」から在学証明書を取る方法とかを依頼している。相当前に依頼したが、長一がなかなかやってくれないことにすこし気をもんでいる様子である。

  大川源兵衛君、岩動露子君、後藤清造君によろしくの伝言。末尾に「石川君が何處かへ行ったなと談を一寸聞いたが事実かしら」と書いている。東京市内で転居したのであろうか。





本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします