盛岡タイムス Web News 2012年 8月 22日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉295 伊藤幸子 「愛走れ」

 墓訪わず仏ほっとけ花の日は
                時実新子

  お盆、生者も死者もワッとおしよせ、たちまち帰っていった。スイカもメロンもとうもろこしも大勢で豪快に食べてこそ盛夏の味。「死者の欲限りもなくて供物門」とも詠まれるように、カラスの欲も加わってお墓の周りは騒がしい。「ふりかえるときにふりむく仏あり」も好きな新子さんの句。私などはお墓の守りもぞんざいで「仏ほっとけ」がお題目になっているようで反省しきりである。

  昭和62年刊行の時実新子句集「有夫恋」はベストセラーとなり「おっとあるおんなの恋」の副タイトルとともに「川柳界の与謝野晶子」ともてはやされた。平成8年には月刊「川柳大学」を創刊、後進の育成につとめられた。

  夕方、仏間の祭壇も片付けて網戸の風を通しながら、新子さんの著書をとりだした。真紅の表紙の全句集をはじめ小説、評論エッセイ集など私のお宝だ。ふとある一冊から数葉の写真がこぼれ落ちた。平成12年刊の句集「愛走れ」の「時実新子先生サイン会」の案内状と、新子さんを囲む角川春樹社長、ご主人曽我六郎さん、「川柳大学」重鎮の杣游さんの実にいいふんいきの写真で声まで聞こえそう。

  あとがきに「今年(平成12)二月、角川春樹氏とお会いする機会があり、その日を境に霊気も加わったような気がしています。もの心ついて以来、私は自在にあの世とこの世を往き来してきましたが、それを本気で理解して下さったのが春樹氏でした」と書かれ、豊潤な蜜の香のような瑞々しい作品群を発表された。

  「稀にある美しい日が今日だった」「犬走れ使いに走れ愛走れ」「妻ならず恋人ならず藍浴衣」「無頼派に無頼ゆるされ横座り」そして「休筆は死ゆえ死んではならぬゆえ」いくつもの連載をかかえ、テレビ出演や講演に全国をかけめぐられた。ご主人の癌手術もおちつき、六郎さんは編集者として妻を支える日々。濃密な日常の描写が本音はつらつでおもしろい。

  夫と朝の散歩の途中、バッタをみつけた新子さん。つくづくと顔を見て「あんた、メガネのかけにくい顔ね。近眼になったらどうするの」と言ったとたん、夫は氏を憫笑(びんしょう)した。ああ、この平凡さは何だ。「米粒の耳を接着剤でつけてやろうよ」と言う男ともう一度結婚したい…。

  そんな機智と愛情をいっぱいに育てておびただしい著書を生み出してきたお二人の終焉の日。新子さんは平成19年3月10日、78歳で、夫六郎さんは昨年8月24日、80歳で逝かれた。一周忌、きっと彼の世でも本音の会話が弾んでおられることだろう。
(八幡平市、歌人)


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