盛岡タイムス Web News 2012年 8月 25日 (土)

       

■ 〈舗石の足音〉418「気になって仕方ない平板化」藤村孝一

 言葉は時代によって変化するものだと言われるが、今ほどその変化が身に染みて感じられることはない。

  震災関係の文章を書かねばならず、沿岸で被災なさった方々の話をテレビで見聞きしたが、方言はなくなっていた。昔、よく聞かれた宮古弁も釜石弁も聞かれなかった。ほとんど共通語なのである。これは明らかにテレビやラジオの影響であることは言うまでもない。

  テレビではタレントや芸人、芸能人も多く語っているが、何と言っても影響力があり責任の重いのは、話すことを専門とし職業としている「アナウンサー」だと思う。職業とする以上自分の発する言葉に責任を持たなければならない。「話す言葉」は書いた言葉と違って「発した後すぐに消える」からと言っておろそかにしてはいけない。今は録音機器が発達しているのである。常に研修し精進すべきだと思う。

  さて、テレビのニュースなどで、県庁所在地(放送局のある所)以外の地方、岩手県でいえば久慈、田野畑、岩泉、宮古、山田、釜石、大船渡、陸前高田、遠野などではたいてい盛岡局のアナウンサーが行くのではなく支局員とか記者とか言われる人が取材に行く。たいてい画面には「報告〇〇〇〇」と出る。その記者によって語られる発音や抑揚が滑らかではないのである。単語の平板化の他、文の抑揚にも問題がある。放送局のアナウンサーに比べての話だが、ぎこちない。放送局の仕組みがどうなっているか分からないが、勉強の後、記者がアナウンサーとなることがあるのだろうか。アクセントや読み方語り方の抑揚がそんなに急に変わるとは思われないのだが…。

  その点、放送局から放送されるニュース番組で姿の映るアナウサー、姿は映らないが、旅行番組、美術番組、その他の教養番組で「語り」を担当しているアナウンサーの落ち着いて、滑らかで、美しい発音はさすがだと思われる。

  しかし、それでもわたしには「気になって仕方がない」ことがある。それは何度も述べてきたことだが「発音の平板化」である。具体的に例を挙げればきりがない。外来語(カタカナ語)、三字熟語、敬称を付けた人名その他がある。例えば、クーラー、クラブ、ロープ、文化祭、練習帳、歩道橋、山田君、中村さん、加藤さん。これらはたいてい最後が下がるはずであったが、今はもう下がらない。

  前に「NHK 日本語発音アクセント辞典」(2009年8月30日発行3800円)を購入していた。何度か言葉のアクセントを調べたが、そのうちに何か無駄な買い物をしたように思われ、ばかばかしくなってきた。辞典は「言葉の本来あるべき姿」を表すものだと思っていたが、「発音アクセント辞典」はそうではないのだろうか。アナウンサーはこの辞典を見て自分の発音を直すのだろうが、規範となるべき辞典は正しいのだろうか。辞典そのものが、現在の若い世代などに使われているアクセントを取り上げ集約し、承認追認しているのである。

  娘の「彼氏」の読み方がおかしいと父親が注意するコマーシャルがかつてあったが、今言葉の平板化は著しい。やはり、「老兵は消え去るのみ」か。




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