盛岡タイムス Web News 2012年 8月 29日 (水)

       

■  〈日々つれづれ〉136 三浦勲夫 一寸先は闇

 孫が生まれて11カ月たった。最近彼はつかまり立ちをして喜んでいる。「はえば立て、立てば歩め」だが、この子の成長を自分はどこまで見届けられるだろうか。自分には分からない。この子の将来だって親にも本人にも分からない。

  将来が予定通り行かないのはおおかたの話だが、一寸先は闇といわれるのは政界。離合集散、昨日の敵は今日の友。考え方も臨機応変に舌先三寸の話術に乗せる。故に一寸先は闇、何が起きるか分からない。しかし一寸先は闇でも、二寸先は光になりうる。舌先三寸は別として、「一寸先は闇」は一般の場合にもあてはまるのではないか。

  闇だ、と言ってもむやみに将来を暗く考えることはない。光も待ってくれているのだから。とすれば杞憂は置いて、まずは自分の務めを果たすことだ。そして天命を待つつもりであくせくするのはよそう、というふうにも考えられる。

  ただ高齢者になれば、待つ時間があまり長くない。だから暗くもなるわけだろう。分からないでもないが、ここまで生きてきたのだ。いろいろな問題と遭遇したがここまで来たのだ。後悔もあろうが、若い人たちに何か伝えられることもあるだろう。

  「では、お前は?何を伝える?」と問われそうだ。悪いことの方が多い、と人は言う。しかし、それをなんとか乗り越えてきた。マイナス、そしてプラス。差し引きゼロ。それでいい。立派である。乗り越えた自信と経験、それが自分の財産ではないか。差し引きプラスになる。問題も解決方法も各人各様である。

  明日を思いわずらうことなかれ、一日の労は一日でたれり。野のユリは労さず紡がず。人事を尽くして天命を待て。足るを知れ。野のユリはその姿で美しい。人には人の素質、特長がある。その逆は、「ウのまねするカラス」、「ない物ねだり」その他もろもろである。

  ところで暦は進んで、立秋、盆明け。残暑はあるが朝夕の涼気に秋を感じる。ロンドン・オリンピックでの日本勢の活躍に国中が沸いた。炎天の甲子園では全国高校野球大会で大阪桐蔭高校が春夏を連覇した。大会が終われば、次の大会に向けて各人、各チームが一斉に準備を始める。秋、冬の間に敗者は次の勝利を目指して力を蓄える。

  勝負は相手との勝負であり、自分との勝負でもある。ここでも「一寸先は闇」。勝敗は努力が九割、運が一割、とも言う。彼らが敗れた時の言葉は「気持ちを切り替えて次に臨む」であり、勝った時の言葉は「まだまだ。目の前の一戦、一戦を勝ちにいくだけ」。落胆する暇も、油断する暇もない。勝っておごらず負けてくじけず。

  そのような人たちが勝負して、生きて、力を燃焼する。ずいぶん話はくねった。発端は孫の話だった。それこそ一寸先も、近い将来も、遠い将来も、霧の彼方だ。私とて子どものころから父方、母方の祖父母と会い、世話になり、ともに暮らしもした。孫(私のいとこ)たちは多かった。祖父母とは二十代で分かれたり、五十代で分かれたりした。早婚、子だくさんの時代だからあり得た。四十代で孫を持つことが珍しくなかった。自分はそれにかなり遅れたが、すべて人生の成り行きだ。時と場所の縦糸と横糸が織りなす人生舞台、社会背景。舞台照明も暗転、明転してきた。
  (岩手大学名誉教授・元放送大学客員教授)


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