盛岡タイムス Web News 2012年 8月 31日 (金)

       

■ 〈大連通信〉41 南部駒蔵 公寓と房子

 大連の一般市民は「ゴンユー(公寓)」とも「チューチャイロー(住宅楼)」(住宅ビル)とも呼ばれている共同住宅に暮らしている。ゴンユーには30階もあるような近代的な大型住宅もあり、これは平均的な市民の暮らすチューチャイローと区別して「ガオチーゴンユー(高級公寓)」と呼ばれることもある。金持ちの外国人や出張で大連に来ている人がそこに住んでいて、冷蔵庫、テレビ、ネットなども備わっている。出張で大連に来た社員などはホテル代わりに利用している。ホテルには「チューハン(厨房、台所)」はないが、ゴンユーにはそれがあり、自炊できる。ソフトパークにはHPやIBMなどベスト500の有名企業が集中しているが、そこには多くのガオチーゴンユーが集中している。躍進する大連の近代的な顔である。

  一方、それほど立派ではない、多くは古ぼけた7、8階建てのゴンユーも数多くある。そのゴンユーの中の一つを買って自分の家としたものが「ファンツ(房子)」と呼ばれる。多くの市民はファンツを買って自分の家として暮らしているが、収入の少ない、貧しい人は、ゴンユーを借りて住む。ゴンユーは日本のアパート、マンション両方を含んでいるといってよいだろう。

  一般市民のファンツ、家の中はどうなっているだろうか。私が昨年招かれた友人の李さんの家は「チューファン(厨房、台所)」「ウエイシェンチエン(衛生間、トイレ)」の他に、居間、兼客間、兼寝室の1部屋があるだけだった(総面積34平方b)。また、遅さんの家は寝室が2つに居間、兼客間が1つだという(2室1庁。「ティン(庁)」は大きな部屋、客間をいう。ただし漢字は日本語の庁の点をとって書く)。

  遅さんは7階建ての普通楼の6階に暮らしているがエレベーターがない(中国では8階以上の建物はエレベーターを設けることが義務付けれている)。「歳をとったら大変ですね」と言うと「歳をとったらここを売って一階のファンツを買います」と、いとも簡単に答えてくれた。さらに私が「どうして中国人はみんなゴンユーに一緒に暮らしているんでしょうね」と尋ねると、「人口が多くて一人、一人が家を持ったら、とても土地が足りなくなるからです」という。都市の人口が多いこと、一軒家を建てるだけの経済力がないこと、それが無数のゴンユーを生み出した理由であろう。古ぼけたゴンユーや近代的な巨大なゴンユーが林立しているのが大連の姿である。日本にあるような一軒一軒別棟の住宅地はほとんどない。郊外にある立派な個人住宅は「ビエシュー(別墅、別荘)」と呼ばれている。

  一方、農村では一戸建ての粗末な家に暮らしている。これは「ノンチャーイエン(農家院。院は庭の意)」とか、「ドーメンドーイエン(独門独院。独立した、その家の門、庭がある家)」と呼ばれている。

  中国の都市の人口は日本と比べて規模が違う。大雑把にいって盛岡が人口20万、仙台が100万とすれば、大連市の人口は500万である。しかも収入の少ない農村を捨てて、豊かな都市にあこがれて都会に移り住む人が多い。ゴンユーはその受け皿でもある。それは農業国家中国から工業国家、都市国家への移行を物語っている。かつて国民の80%を占めた農民人口は、今や半数を割っている。それは日本も体験した脱農業化でもある。

  中国はロシアやカナダにつぐ面積世界3位の広い国である。その広い土地に土地を持って暮らしているのは、貧しい農民であって、13億の人口(世界一)の半数は都市でひしめくように暮らしている。今、中国で進行しているマンションの建設ラッシュは現代中国の都市化、中国の変貌を物語っている。

  この変貌は1980年代に始まった。文化大革命によって疲弊した経済を立て直そうと、「改革、開放政策」を推し進めたケ小平の方針がそこにある。文化大革命の頃は、一家三代で十数平方bの部屋で食べるのも、排泄するのも、寝起きするのも一緒という貧しさだったという。計画経済は生産力を低下させ多くの餓死者が出たともいう。

  現代中国はケ小平の資本主義経済への大転換(経済改革)、国際社会への積極的な参加(開放政策)に始まった。それからまだ30年余り。中国はまだ新しい国なのだ。

  国民総生産で日本を抜いてアメリカに次ぐ世界2位の中国から目を離すことはできない。

  ゴンユーに ひしめき暮らす人々の 都市にあふれて ふくらめる国
  (元岩手医大教授)


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