盛岡タイムス Web News 2012年 9月 3日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉87 照井顕「伊勢崎勝人の花々の肖像画」

 14年ぶりの再会だった。この幸遊記〈70〉で紹介した画家・鷺悦太郎さんと連れだって開運橋のジョニーに現れた、仙台在住の画家・伊勢崎勝人さん(64)。なんでも、盛岡市中央公民館で開かれる「つながるアートコミュニケーション」での公開制作の講師役を、2人が頼まれたとの事だった(8月5日〜19日)。

  鷺さんは、陸前高田に生まれ育ち今も在住する専業画家。伊勢崎さんは、八丈島に生まれ、40代の時、6年間陸前高田に移り住み、絵を描いていた画家で、昼は3人の子どもたちと一緒に自然とたわむれながらスケッチ。夜には昔、高田文化服装学院だった廃校を利用したアトリエで絵を描き、深夜や未明になると、僕の店「ジャズ喫茶・ジョニー」にやって来て、ウイスキーを飲んでいたことが思い浮かぶ。

  陸前高田に来た1992年、自己紹介的な個展を市民会館で開き、その後には、同市のキャピタルホテル1000、盛岡の川徳デパートでと、次々思い出していたら「今度盛岡でやるよ」で、盛久ギャラリー(2012/8/28〜9/2開催)を観にいってきた。

  「見続けられて耐えてゆくすごさ。そこに自分の根本的な考え方を置く」そう言っていた陸前高田時代に、彼のアトリエで見た彼の描き方は、独特の背景処理後に描かれ、ヨーロッパ的重厚な気品が漂っていた。今はそれを逆転し、花を先に、あとで背景処理するという描き方だという。そのせいか、僕には、花がより明るく生き生きと見えた。それは、まるで花の肖像画。

  「ひまわり」「バラ」「ボタン」「トルコキキョウ」など50点。今年は生まれた所の八丈島に30年ぶりに行って描いたという風景画も数点あった。親は小笠原の出身、疎開で八丈島へ渡り、そこで生まれた彼。子どもの頃に東京世田谷へ移住。カメラで花を撮るのが好きだったが、予備校の御茶の水美術学院時代に油絵を薦められ、3浪して東京芸大に入学。4年間学祭で個展を開き続け、教授たちを驚かせた。そして、30数年を過ぎた2011年、震災ガレキの上に置かれた、種の異なる5つのカボチャで原点に返り「それでも大地は甦る」の作品で、第8回「北の大地ビエンナーレ大賞」を受賞した。もちろんこれ以外の受賞歴多々!
(開運橋のジョニー店主)


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