盛岡タイムス Web News 2012年 9月 11日 (火)

       

■ 〈幸遊記〉88 照井顕 黒沼忠雄の風土建築

 9月8日の夜、ひょっこりと、久慈市から黒沼忠雄さん(72)が、開運橋のジョニーにやって来た。顔を見て真っ先に浮かんだのは「琥珀(こはく)」。そう、地質百選の琥珀の邦・久慈にて掘った証明書付琥珀を「01・A・08」の形に加工、それを、大野の木工と初ドッキングさせ、漆を塗って仕上げた、楕円(だえん)形の美しい、オリジナル・トレイ。それは、彼、黒沼さんが考案して、発注したもの。開運橋のジョニーの開店日、2001年4月8日に、お祝いとして、彼から頂いたその記念品には、琥珀の神秘と男のロマンが込められていた。

  彼は、30年前に久慈市に山根六郷研究会を発足させた初代会長。その中山間6集落の山村文化に着目し、継承しながら、その山里に水車小屋を造り、山根六郷写真美術館・ラボ端神を造り、街からかつての造り酒屋の蔵を移築して陶芸工房「遠島焼」や「ピリカ焼」を開かせた。それ以前には、山根を山桜の里にしよう!と十数年かけ、地域との二人三脚で一千本の桜を植樹し、開花させた人でもある。

  また、一方では「くんのこほっぱ(琥珀堀場)」愛好会の会長も務めて、この会の創立15周年の2001年には、先人の努力を紹介しながら、郷土を学ぶ「くんのこほっぱ昔語り」という琥珀の里の歩みを刻んだ記録集を出版。琥珀の案内板も設置するなど等、八面六臂(ろっぴ)の行動力。「岩手県まちづくり」アドバイザーでもある。

  2011・3・11の震災後には、ロータリークラブが取り組んだ「心の杜づくり」の担当委員長も務め、海から2`先にある里山の市有林に、その「心の杜」公園を開いたという。「震災で負ったものすごい心の傷をどうやって癒やし、もとに戻すかが、その最も大切な復興なのでは」と。海と少し距離をおいた森に、散策路や海望デッキを造ったという。これからも、毎月11日2時46分、祈る人々の心に、こだま(木霊)する鎮魂歌は、きっと海までも届くはず。

  大阪の建設専門学校を卒業し、京都、奈良で建築の基礎を学び、施工会社で修業。32歳で「黒沼建築設計事務所」を立ち上げ独立。宮古から八戸まで、主に地元産材を使った木造建築を中心に据え、地域景観に彩りを添える土着文化、それを「風土」に学び、実践し、40年間共生してきた建築士。僕も彼に学んだこと多々。  (開運橋のジョニー店主)



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