盛岡タイムス Web News 2012年 9月 12日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉298 伊藤幸子 箸墓幻想

 うつそみの人にあるわれや明日よりは二上山を弟背(いろせ)とわが見む
                                              大来皇女

 9月3日、IBCテレビで「浅見光彦シリーズ31」〈箸墓幻想〉を見た。内田康夫原作のこのシリーズはたいてい見ているが、ルポライターで主人公の浅見光彦役の沢村一樹は今回で卒業という。私は榎木孝明の浅見役のころ、ファンクラブに属していたことがあり、「イーハトーブ殺人事件」のときは花巻のロケ会場までおしかけたりもした。撮影の合間に巧みに現場のスケッチをされて感嘆の声が上がった。

  永遠の二枚目独身33歳の浅見光彦、行く先々で事件が待っている。今回は奈良、二上山のふもと、当麻寺を宿にしていた邪馬台国の研究家小池拓郎が失踪する。内田康夫さんの原文に惹きこまれる。「大和の人々にとって、三輪山の日の出と二上山の落日は、稲作農耕生活のリズムと共に信仰の対象。二上山の雄岳雌岳の中央に赤々と沈む太陽はその彼方に死後の世界を想像させた…」と大和の風景に語らせる。

  この本では一巻十章にすべて万葉集の歌が引かれ、十一章は「死者の書」をとりあげて釈迢空の「にぎはしく人住みにけり。はるかなる木(こ)むらの中ゆ人わらふ聲」をあげている。

  686年、天武天皇崩御の翌年、大津皇子謀反の嫌疑で24歳で処刑。持統天皇は大津の怨霊を恐れ、なきがらを二上山に葬った。まして日本武尊(やまとたけるのみこと)や卑弥呼の時代となれば、壮大な建国のドラマが想像される。邪馬台国畿内説、また北部九州説も根強い。

  畝傍(うねび)考古学研究所の小池にとっては、せめて三世紀初頭の土器でも発掘されればと連日発掘現場に通うのだった。卑弥呼の墓の可能性の高いとされる箸墓は、日本書紀に「この墓は日(ひる)は人作り、夜は神作る」とある。「山より墓にいたるまで、おほみたから相つぎて、たごしにして運ぶ」と記される。

  読み進んでゆくと、そんな古代の人々の思いがのりうつったように、戦前戦後の混乱期の中、長井、河野、溝越家の6人の男女の相関図が見えてくる。ドラマでは小池に毒入り飲料をのませた河野美砂緒が娘と二人、どこへともなく去ってゆく。このラストシーンは全作に共通する内田作品の死の美学のあらわれである。

  あとがきによると、平成12年3月28日、奈良県桜井市の「ホケノ山古墳」から「画文帯神獣鏡」が発掘され、ここが日本最古の前方後円墳と証明された由。作者にとっては小説と史実が同時進行の形で、浅見の予知能力もいよいよ冴えたであろうと想像される。
(八幡平市、歌人)


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