盛岡タイムス Web News 2012年 9月 13日 (木)

       

■ 〈岩手からのカナダ移住物語〉20 菊池孝育 カナダの長嶺ゲン5

 「其他中山訊四郎、森一馬等と共に別途の寄付金を集め、之れを領事館に保管し置き、而して在留軍人の召還命令を受けた者には、各人につき五弗宛を餞した事がある」。

  このことについては前回触れているので省略する。

  「或は母国の三陸海嘯(つなみ)、東北飢饉等に際して努力を吝まず、或は晩香坡市立病院の新築に際しては、同胞の義気に訴へ巨額の寄附金を集め、或は日本人入院患者を優待せしむるの方法を採る等…」

  「三陸海嘯(かいしょう)」は明治29年6月15日に起きた明治三陸大地震(津波)を指す。しかしこの時、ゲンはまだカナダに渡っていない。明治38年の東北飢饉は、三陸大津波から十分回復していないうちに生じた飢饉であった。ゲンは災害のダブルパンチに苦しむ郷里の人々に、篤(あつ)い思いをはせて募金に当たったものであろう。

  ゲンのほか4名の東北出身者が発起人となって、「母国東北地方希有の飢饉に際し…救済金募集の為め次の如き檄」を在留邦人に配布した。

  「東北の飢饉に就て同地方の同胞が食するに米なく、着るに衣なく厳冬素雪に号泣し、死に瀕せる窮民幾許なるを知らず、天明以後の大飢饉なりとは…諸彦の認むる所なるべし…吾人東北出身の者相謀り、在留有志の賛助を得て、広く義捐金を募集し、以て飢饉救済一助の資となさんとす。発起人及川泰治郎(原籍宮城)、阿部松之進(宮城)、信夫千代治(宮城)、吉田謙一郎(不詳)、長嶺ゲン(岩手)」

  及川は「密航船水安丸」で有名な及川甚三郎の縁者であり、阿部は後の宰相斎藤實の従兄弟に当たる。

  義捐金は3206円90銭に達し、バンクーバー領事館、日本政府を経て東北3県に配布された。その礼状の記録が残っている。

  「(前略)吾政府より該金円の交付を受け正に受領致候御厚情の段縣下幾多窮民の為め寔に感佩の至り不堪早速御寄贈の趣意を示し配與取計申候依って不取敢茲に感謝の意を表し候/敬具/明治卅九年八月卅日/宮城縣知事亀井英三郎、岩手縣知事押川則吉、福島県知事平岡定太郎」

  何時の時代も官公庁の礼状は味も素っ気もない。檄文の熱い思いに比べると一段とその感を強くする。

  宮城縣知事亀井英三郎(熊本出身)はその後、警視総監を経て貴族院勅選議員を務めた。

  岩手縣知事押川則吉(鹿児島出身)は農商務省官僚から山形、大分、長野、岩手、熊本等の各県知事を歴任した後、農商務省次官を経て貴族院勅選議員となった。

  福島県知事平岡定太郎(兵庫県出身)は原敬の信任が厚く、知事就任も原の推挽によるものとされる。その後、樺太庁長官に就任、樺太の開発、発展に尽力したが、原敬の没後は強力な後ろ盾を失い、晩年は恵まれなかった。

  いずれにせよ、ゲンは発起人代表として、東北3知事から礼状を受け取ったのである。

 


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