盛岡タイムス Web News 2012年 9月 22日 (土)

       

■ 〈賢治の置土産〉281 岡澤敏男 七つ森から溶岩流へ

 ■自給自足の経済
  モリスの小説『ユートピアだより』(五島茂・飯塚一郎訳)の第二章(「朝の水浴」)につぎの一節がある。ボートでテムズ河を渡してくれた船頭に謝礼のお金を渡そうとすると「人々を河をまわる船に乗せてあげたりするのはわたしたちのビジネスなので、どなたのためにもするのです。ですから、それについてものをいただくのはいかにもおかしくみえます」と当惑する場面がある。描かれている未来社会では労働力の対価は貨幣でなく感謝でよしとするルールを象徴したワン・カットです。労働の芸術化とは労働力の商品化を拒否し、売るためにではなく、必要なものを意志をもって生産するというもので、貨幣経済から自給自足経済(物々交換制)への転換を意味している。

  ところが羅須地人協会の活動も、自給自足(物々交換)経済を目指していたことが、会員たちに発送された謄写版刷りの「集会案内」(コラムに掲載)から察知されるのです。大正15年11月22日の案内状の三番目に「冬間製作品分担の協議/製作品、種苗等交換売買の予約/新入会員についての協議/持寄競売…本、絵葉書、楽器、レコード、農具、不要のもの何でも出してください。安かったら引っ込ませるだけでせう。」と物々交換をうたう文面を見れば、明らかに自給自足経済を指向する構想が読み取れます。

  この構想はすでに羅須地人協会の発足を報じた大正15年4月1日の「岩手日報」朝刊においてもみられる。「新しい農村の/建設に努力する/花巻農学校を/辞した宮沢先生」との見出しの記事で次のように語っています。

…きのふ宮沢氏を訪ねると現代の農村はたしかに経済的にも種々行きつまってゐるやうに考へられます。そこで少し東京と仙台の大学あたりで自分の不足であった『農村経済』について少し研究してみたいと思ってゐます。そして半年ぐらゐはこの花巻で耕作にも従事し生活即ち芸術の生がいを送りたいものです。そこで幻灯会の如きはまい週のやうに開さいするし、レコードコンサートも月一回位もよほしたいとおもってゐます。幸同志の方が二十名ばかりありますので自分がひたいにあせした努力でつくりあげた農作ぶつの物々交換をおこないしづかな生活をつづけて行く考えです…

  このなかで注目されるのは「東京と仙台の大学あたりで『経済学』について少し研究してみたい」と語る部分です。具体的に研究対象を示しているわけでないが「現代の農村はたしかに種々行きつまってゐるやうに考へられます」とある前置きから「当時の疲弊荒廃した農村の救済、とくに資本主義経済下における農村経済の立て直しやその対策等に研究したいという意味なのであろう」と推察し、自給自足経済の構想を抱く賢治が「そうした点についても、直接文献に当って調べておきたいという気持ちがはたらいていた」(『宮沢賢治/愛と信仰と実践』)と考察する多田幸正氏にまったく同感します。

  たしかに自給自足は現行資本主義に逆行する時代錯誤な経済制度なのかもしれない。だが賢治は労働市場で商品として取引される「灰色の労働」ではなく、必要なものを意志的に生産する労働力に依存する未来社会の自給自足経済を構想していたと思われるのです。

  ■大正15年11月22日『集会案内』(羅須地人協会)

一、今年は作も悪く、お互ひ思うやうに仕事も進みませんでしたが、いづれ、明暗は交替し、新らしいいゝ歳も来ませうから、農業全体に巨きな希望を載せて、次の支度にかかりませう。
二、就て、定期の集まりを、十二月一日の午后一時から四時まで、協会で開きます。日も短しどなたもまだ忙しいのですから、お出でならば必ず一時までにねがひます。弁当を持ってきて、こっちでたべるもいゝでせう。
三、その節次のことをやります。予めご準備ください。
   冬間製作品分担の協議
   製作品、種苗等交換売買の予約
   新入会員に就ての協議
   持寄競売…本、絵葉書、楽器、レコード、農具、
不要のもの何でも出してください。
安かったら引っ込ませるだけでせう。
四、今年は設備が何もなくて、学校らしいことはできません。けれとも希望の方もありますので、まづ次のことをやってみます。
    十一月二十九日午前九時から
   われわれはどんな方法でもわれわれに必要な科学をわれわれのものにできるか
   一時間   われわれに必要な化学の骨組み
   二時間   働いてゐる人ならば、誰でも教
         へてよこしてください。
五、それでは御健闘を祈ります。
      宮沢賢治

 


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