盛岡タイムス Web News 2012年 10月 3日 (水)

       

■ 〈日々つれづれ〉141 三浦勲夫 歯科救援対策

 9月に3度、歯科検診に通った。6カ月ごとに呼び出されて行う。まず検診はパス。それでも歯石がついているのでそれを除去する。最終日、歯石除去中に吉田歯科医に外線が入った。応答の声が聞こえる。「ご遺体」「歯型」「管轄」「被災者」などの言葉から、昨年の東日本大震災津波の犠牲者の身元判定作業のことかと考えた。

  処置が終わり、会計支払いが終わった。受け付けの女性に「先生は歯型鑑定に当たったのですか」と聞くと、うなずいた彼女は治療を終えて奥に入った歯科医を呼びに立った。吉田元彦岩手県歯科医師会副会長である。歯科部門の被災者救援対策委員会副委員長でもある。私の質問に吉田氏は明快に答えてくれた。要旨は次の通りだ。

  「大震災津波の翌日から、県警の要請を受けてただちに救援対策に取り掛かった。被災地に自分も行ったが、県下の歯科医師を被災地に送り込むスケジュールを作り、陣頭指揮に当たった。海中やがれきの中から発見された遺体の歯型を確認した。日数がたち、遺体がガスで膨れると外見では分からない。歯科のカルテが手掛かりとなる。カルテが流失しても内陸の歯科医院にかかっていればそこにカルテがある。焼死体の歯型は崩れて鑑定が困難だった。まだ不明のご遺体が80体ほど残っている」。迫真の説明を聞き、私はただかたずをのむばかりだった。

  昨年の3月は震災の影響でガソリンが不足し、私は歩いて西下台の歯科医院まで検診に通った。吉田先生にも見ていただいたが、いつもの診察が続くだけで、犠牲者救援の修羅場の話は全然知らなかった。歯科救援対策事業は継続している。治療器具を仮設住宅に持ち込み、治療する。入れ歯製造と修理、歯ブラシ支給など活動は続いている。

  県医師会も救援対策に奔走してきた。遺体の部分により管轄が異なってくる。吉田歯科医が外線電話に応じていたのは、その部分だったようだ。県議会での質問事項を共同で作成する打ち合わせのようだった。津波により何千、何万の人々が死亡し、行方不明となった。科学文明が高度に発達した21世紀初頭にあって、この運命を回避することはできなかった。幼児から老人まで、多くは逃げ遅れ、避難場所で襲われ、あるいは油断から命を奪われた。

  命の大事さ、そして命のはかなさを痛切に思い知った。今、運よく生き延びた生存者の証言が毎日、テレビで放送されている。それらも含めてこれから長く映像記録を保管し、あの3・11を忘れないようにしたい。それだけではない。日常の生活の中でわれわれは多くの予期せぬ危険に囲まれている。台風、山崩れ、地滑り、大水、火災、交通事故、思わぬ負傷。防災の日(9月1日)は1カ月前だった。しかし「防災意識」は毎日持たなければならない。

  10月に入っていきなり台風17号が列島を北上していった。台風はその爪痕を残して吹き過ぎる。秋晴れの空が舞い戻る。嵐と晴天が繰り返す人生だ。自分が犠牲とならぬように、学校や幼稚園や老人施設などでは犠牲者を出さぬように、犠牲者には十分な救援ができるように、常に備えを固めておくことが必要である。(岩手大学名誉教授・元放送大学客員教授)


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