盛岡タイムス Web News 2012年 10月 8日 (月)

       

■ 〈幸遊記〉92 照井顕 星吉昭のせんせいしょん

 あれは1981年の正月頃。レコード店で見た「奥の細道」。平泉中尊寺の月見坂途中にある、同名の看板と宇宙が直結したシングル盤(EP)のジャケット。レコードを取り出して見たら「見本盤」の文字。試聴したら欲しくなり、定時制高校時代から通っていた陸前高田の「金繁レコード店」の店主、故・金野善夫さんから、その見本盤をもらって帰った記憶。

  演奏していたのは岩手の「姫神せんせいしょん」星吉昭、当時(34)・佐藤将展(21)ら。その時、レコードを聴いた僕も33才。農作業しながら踊っている様な、日本の原風景的シンセサイザーのリズムに魅力を感じた。

  当時はまだバンドとしての体制はとれていなかったため、実現はしなかったけれど、姫神のコンサート開催を申し込んだ第1号者は僕だった。新譜が出るたびレコードを買い、全作品を何度も何度もジョニーで聴き続けた。彼が滝沢の巣子から田瀬湖畔へスタジオを移した頃からは、僕が陸前高田から盛岡へ出かけた帰りに、幾度か勝手にお邪魔し、音や話を聴かせてもらったりした。

  かつて僕が担当していたFM岩手のジャズ番組に出演してもらったことや、彼の番組、IBCラジオに僕を呼んでくれたこと。そのずっと以前のNHKテレビの取材時、ジョニーでピアノを弾いてくれた感激!あの時、彼はまだカーリーヘアだったことなどが思い浮かぶ。

  星吉昭(1946〜2004)さんは、宮城県若柳生まれ。若柳高校を卒業し、デキシーランド・ジャズをやりたくて上京。電子オルガン全国コンクールでグランプリ。ビクターの音楽教室が盛岡にできた時、嘱託で来て、のち結婚した悦子さんに出会った。

  「奥の細道」ヒットのきっかけは、岩手放送が番組の合間合間に流していたことだった。発売前から、曲名を言って買いに来る客がいるとあちこちで評判になり、発売と同時にはがきリクエストがベストテン入り。1、2カ月後には第1位。確か松田聖子や近藤真彦を抜いてのことだった。以後は、喜多郎やYMO以上に世界へと広まったことは、誰しもが知る。

  根底に流れていたものは、彼の言う「北人霊歌」(東北の民謡)。自然と共存する東北の姿を、音にして伝えた姫神サウンドの原点こそは「南部牛追唄」。力強く、風の音にも似た、故・畠山孝一氏の声の響きに、彼が心を打たれたことだった。(開運橋のジョニー)


本ページ掲載内容の無断転載を禁じます
ホームページに関するお問い合わせ、取材に関する情報は
E-Mail:hensyuu@morioka-times.com
盛岡タイムス宛てにお願いします