盛岡タイムス Web News 2012年 10月 10日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉302 伊藤幸子 内館源氏物語異聞

 手に摘みていつしかも見むむらさきの根にかよひける野辺の若草
                                      源氏物語
 
  クラクラとめまいのしそうな本を読んだ。内館牧子さんの「十二単衣を着た悪魔」。「源氏物語に革命を起こす、紫式部への果たし状!」と刺激的な帯文に引かれて扉を開くと、そこは「源氏物語と疾患展」なるイベント会場。主人公、伊藤雷(らい)は大学卒業を目前に就職活動の真最中。四歳下の弟水(すい)は賢弟だ。このアルバイト中に雷は突然異次元空間に放り込まれる。

  おお、ここは千年の時空を越えた「源氏物語」の世界ではないか。しかも弘徽殿(こきでん)の庭だという。さまざまな訊問に「高麗(こま)から来た陰陽師、伊藤雷鳴(らいめい)」と名乗る。今の帝は桐壺帝。帝と正妃弘徽殿女御の間に生まれた第一皇子が「一宮」、その弟が光源氏だ。源氏の母親は教科書でよく暗記させられた「女御更衣あまたさぶらひけるなかに、いとやむごとなききはにはあらぬ」桐壺の更衣。このところ帝は更衣を寵愛し、弘徽殿女御としては彼女への嫉妬と、皇子が将来皇位につけないのではないかと思い悩む。それで雷鳴は、しばしば女御の祈祷に呼ばれ、紫式部の書いた筋書き通りに未来を占い当てて絶大な信を得てゆく。

  私はこの内館さんの「筋書き」につくづく感じ入った。源氏物語に登場する華やかな女性たちはみな魅力的で心理描写もゆき届く。しかし弘徽殿女御の人となりは何も書かれていないし、あるのは気性の強い意地悪な正妃のイメージだけだった。そこへ、21世紀から来訪した陰陽師雷鳴に心を開き、語らせる手法に作家の本領を見る。たとえばこんな会話「私は『恐い女』と言われるのは嫌いじゃない」と女御。「『可愛い女』にはバカでもなれる。しかし『恐い女』になるには能力が要る」なるほど。ただ一千年前の男達にはやはり恐い女はけむたがられたようだ。この辺が弘徽殿悪評の元かもしれない。

  そして光源氏の述懐が読者をひきつける。なんと、光君の理想の女は実母でも藤壺中宮でもなく弘徽殿大后(加階)だと語らせる。「可愛いだけの女、体だけの女はすぐあきる。優しくて細やかな女はうっとうしくなる。教養と知性に富んだ女はやがて肩がこってくる。男にすがって頼りなげな女の所には通わなくなる。大后様はいくら一緒にいてもあきない…」。

  そも桐壺の更衣にそっくりな藤壺、藤壺に生き写しの紫の上。すぐ身代わりを見つける男達の心を見透かし、自分の立ち位置を見失わなかった人。「内館源氏物語異聞」に感銘納得しつつ、紫の根に通うゆかりの深さに酔っている。
(八幡平市、歌人)


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