盛岡タイムス Web News 2012年 10月 12日 (金)

       

■ 〈大連通信〉53 南部駒蔵 ロンワンタンシュイクー

 4月23日(月)、遅さんに誘われてロンワンタンシュイクー(龍王池ダム)を訪れた。聯合路で旅順行きのバスに乗り換えて約30分、ラオワンタンバス停で降り、200bほど先にあるというロンワンタンに向かう。昨日、一昨日と冷たい雨の日だったが、今日は春らしい暖かな日差しがあふれて心地よい。大連市内と違って、車の通りもほとんどない静かな山あいの道である。コンクリートの道でなく土の道で、山や畑があるのもいかにも田舎めいている。どこに行ってもコンクリートの大連市内とだいぶ違う。何か懐かしい古里に帰ったような気分になる。道の両側には古ぼけたレンガ造りの家が立ち並んでいる。皆、小さな庭付きの平屋である。半数以上がどういうわけか半ば壊されて廃墟となっている。残されたレンガの壁に赤い紙に「福」という文字が書かれて張られている。「春節」と呼ばれるお正月の縁起物の対聯(たいれん)である。

  それを見ると昔(といってもそんな昔のことでもないだろうが)ここに住んでいた人のささやかな暮らしの夢がしのばれ、夢の名残とも思われてくる。ここに住んでいた人は、今、どこで暮らしているだろうか。農民、漁民だった人々が大都会の豊かな生活にあこがれて流出している今の中国の、取り残された世界を垣間見る思いがする。

  庭には梅の花に似た花が咲き競っている。花は「シンフアー、杏花」(アンズの花)だという。初めてみるアンズの花である。アンズの花は、それぞれの家の庭に桃色の花を咲かせて競っている。人の姿はまったく見えない。2、30軒ほどの家並みを残す静かな農村の廃墟にアンズの花ばかりが明るく咲いている。物語めいた世界がそこにある。道はロンワンタンにそのまま通じていた。「龍王塘」と書かれた入り口でお金を払う。この桜の季節だけ入場料を取るのだそうだ。普段、人のあまり訪れない場所と思われた。中に入ると、金の龍の像が立っている。金龍は空に向かって咆哮(ほうこう)するがごとく歯をむき出している。この地の主である。

  月曜日のうえに(授業は午前中だけなので午後にはこうして外に出かけることもある)、まだ桜には少し時期が早いこともあって、人出は少ない。一分咲き、二分咲きほどの桜がほんのりと赤く蕾を用意している。その桜の木の下で、敷物を広げてにぎやかに食事やおしゃべりをしている人も見られる。一瞬、日本にいるような錯覚にとらわれる。

  日本のことが、花見の記憶がよみがえってきた。盛岡の桜は咲いただろうか、妻や子ども、孫たちは花見に行っただろうかと、里心に誘われる。

  ロンワンタンの桜はもう4、5日で満開を迎えるだろう。大連の人々も桜が好きらしく満開の頃には、人と車でごったがえすという。

  この地の桜は日本人が植樹したものである。1924(大正13)年、ここに貯水のダムの建設が始まった折に、約1500本の桜の木も移植して、公園としたものだという。公園には花玉蘭も見事に豪華な花を咲かせているが、これは1926年に東京都から移植されたものだという。

  ダムは水が不足することの多い大連の人々のために今でも役立っている。堤防を歩くと湖のように豊かに水をたたえているのが見える。私は御所湖を思い出した。

  日本人は戦前、大連にダムを作り、そばに公園を作り、桜や花玉蘭を植樹した。それが今でも、生活用水となり、花見でにぎわう。人々の役に立っている。そのことを私はうれしく感じ、少し誇りにも思った。

  だが、そう簡単に喜ぶわけにはいかない。近代の歴史は、日中関係が幾多の戦争、不和に満ちていたことを示している。特に昭和の時代は、満州事変、満州国建国、日中戦争、そしてアジア太平洋戦争と露骨な侵略と戦争に彩られている。それは私たちが生まれた時代、私たちの父母が生きた時代である。

  日本人は戦前、戦後と中国大陸に桜を植えている。このロンワンタンのほかに、二〇三高地も桜の名所である。大連市内でも労働公園に記念の桜の植樹がある。私の学校(大連交通大学)の卒業生も2004年に3本の桜をキャンパスに植えている。皇室の紋である菊とともに、桜は日本を代表する花である。正式に国花とされているわけでないが、日本が世界に向かって誇りうる花はなんといっても桜に違いない。中国にも韓国にも(多分)ない日本独自のものであることが、不思議でもあり、驚きでもある。そしてこの花を愛し、愛で、楽しんできた長い歴史もある。

  敷島の大和心を人問はば 朝日ににほう山桜花 という本居宣長の心は日本人の心であろう。日本人はこの桜を、一時、軍国主義のシンボルとして使った歴史もあるが、21世紀の今、平和を愛し、文化を愛する日本の心、日本文化の象徴と考えたい。桜を植樹するだけでなく、桜に象徴される日本の文化、日本の心を世界の人に伝えたい。新渡戸稲造の心を自分の心としたい。そんなことを感じるのも、ここ大連で、「相互学習」を通して、中国の若い学生たちから中国語を学ぶと同時に日本語を教えているからであろう。日本語を教えながら、改めて日本が豊かな文化を持っていること、立派な国を築いてきたことを感じ、誇りにも思うのである。

  日本の誇りと思ふ桜花 21世紀今 世界に咲かせん
(元岩手医大教授)


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