盛岡タイムス Web News 2012年 10月 17日 (水)

       

■ 〈口ずさむとき〉303 伊藤幸子 「なぬがなんでも」

 病院にひとりで行つてきたること妻にほめられ、友にわらはる
                                        狩野一男

  平成24年10月10日発行の歌集「悲しい滝」を頂いた。昭和26年生まれの狩野一男さんの第四歌集、56歳から60歳にあたる385首を収載。「この歌集は東北、および東北出身の『我』に特化した歌集であり、その負の連鎖の集」と自解されているが、「全体を通して、東北に対する愛と信頼の心を貫いたつもり」との心にしみる歌がちりばめられている。

  「東北の酒飲むときに東北の者たるこころ澄みわたるかも」ここに至るまで、実は氏にとって長く苦しい闘病の日々があり、「たばこ酒やめてきちんと日に三度のみぐすり飲むしあはせにならむ」を巻頭に据える。

  「雪の朝、寝床で突如壊れしがそれから四年生きて還暦」「脳神経外科集中治療室にて四か月弱(じゃく)ねむりゐしわれのいのちは」「脳手術四回受けしでこぼこが白く目立つよわれの素頭(すあたま)」という重篤な病床詠がある。本当に4ヶ月間も眠り続けた人が「覚醒しただちに喋りはじめしとわれは妻にもおどろかれたり」の予後の快調さには聞く者みな驚かされた。

  そして平成20年6月14日の岩手宮城内陸地震。「岩手・宮城内陸地震の影響で崩壊されしか白糸の滝」から集名にもなった「悲しい滝」を思い、私はひとしきり氏の故郷、宮城県栗原郡花山村(合併前)の地図を辿った。花山ダムをさらに登ると温湯(ぬるゆ)温泉や湯ノ倉温泉、小安峡といった渓谷が続き、滝も随所に見られそうだ。

  さらにその3年後、「2011年3月11日(金)14時46分ごろを忘れじ」と詠まれる日。「ありて無きごとき故郷となるなかれ妻の釜石われの栗原」ともに故郷を離れ、東京在住40年をこえた。栗駒山地は崩落の惨事、釜石は津波にさらわれた。「大地震わがふるさとを急襲し後(おく)れてわれをウツが襲ひき」故郷喪失の欠落感はいかばかりか。

  この年、3月大地震、5月に氏は還暦を迎えられた。「脳神経外科的目処(めど)の五年ほぼ過ぎむとしつつもう大丈夫?」と疑問符を残しつつも編集の仕事にも復帰できた。かつて病院にひとりで行けた喜びを妻と分かち合い、ときには「この家は妻も猫(モネ)こも言ふことをきかぬと妻を怒れり我は」という日もあった。感情の波間にも猫のモネコは常に二人のそばにいて会話を楽しんでいるようだ。「禁じられし帰郷なれども来む年は何(なぬ)がなんでも我(おら)戻(かへ)つぺや」二読三読、心がふるえた。氏の強い帰郷願望の遂げられんことを祈ってやまない。
(八幡平市、歌人)


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