盛岡タイムス Web News 2012年 10月 23日 (火)

       

■ 〈幸遊記〉94 照井顕微 米澤秀司のDrスイッチ

 冬の足音が近づいてきた。ストーブにスイッチを入れても点火しないなどの話を聞く。そんな時には、買い換える前に修理屋さんに見てもらってから!直すか、買うかを決めた方が得!。かつては街の電気店、少し前までは修理専門のチェーン店もあったが、今盛岡市内に残っている修理屋は、何と「Drスイッチ」のただ1店。

  そのDrであり、経営者、ジャズサキソフォニストでもある米澤秀司さん(53)は言う。さまざまな家電が持ち込まれますが、直るのは7割。あとの物は、以前のように部品調達ができなくて、工夫しても修理できない物もある。

  確かにさまざまな業種にいえることなのだが、もう、修理ではなく、部分交換する作業に変わっていることから、かつてのエンジニアから、チェンジニアと呼ばれて久しい。メーカーもすでに修理を念頭に置かない価格競争の時代。それでも物への愛着から直して使いたい人もいるのである。僕もその一人だ。

  2001年、僕が盛岡へ店を出して間もなく、ステレオのアンプが故障して困っていたところに現れたのは、昔、盛岡八幡町にあったジャズ喫茶・伴天連茶屋で番頭さんをやっていた米澤さん。彼は家電修理店を始めたというので、すぐさまお願いしたら、さっそく直してくれ、修理代は「開店祝い」と言って受け取らなかった。

  以来、今日もなお、僕の店のステレオDrであり、演奏者でもある。店に出演するアマチュアミュージシャンたちの鏡のような存在、素晴らしいアルトサックス&フルート奏者なのだ。とにかく演奏が好き、日に3時間以上の練習は欠かさないという、プロ並みの生活。そんな父の姿を見てきた岩大生の息子健汰さん(21)も「仕事も演奏も楽しそうに続けている父を尊敬しています」と、はっきりと言う。

  米澤秀司さんは、1959年栃木県今市市(現・日光市)生まれ。父の実家、雫石町に小学生の時引っ越してきて、中学ではフォーク。盛岡一高ではロック、3年生の時、デート場所だったジャズ喫茶でアルバイトを始め、そののち、伴天連茶屋のマスター・瀬川正人夫妻の仲人で結婚。ジャズを演奏するようになってから、東京のジャズクラブへ出演したこともある。ジャズは生活の一部、趣味を越え体になじみ日記と一緒。それは若い時から今もなお、彼にとっての自由への憧れそのものなのである。   (開運橋のジョニー店主)


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