盛岡タイムス Web News 2012年 10月 24日 (水)

       

■ 〈日々つれづれ〉144 三浦勲夫 鮭戻り

 「鮭(さけ)戻り同期つどいて厄を除く」。先週、中学時代の同期会が盛岡であった。2年ぶりである。「八方塞がりを解く」会だという。午後1時開始だったが、仕事の関係で2時間半遅れて、同じ会場での記念撮影と二次会に出た。

  ときどき会う顔、2年ぶりの顔、卒業以来で57年ぶりの顔。鮭が生まれた川に戻るように、その季節に、盛岡にて一堂に会す。旧知に会い、歓談し、そのうえ厄除けになるなら、重ね重ねありがたい。同期会に出席できるそのこと自体がありがたい。実際は遠くから尊顔を拝し、話はしなくとも、往時をしのぶ人たちの方が多いが、ありがたい。

  一人ひとりがいわば天然記念物かもしれない。何しろ13歳からの少年少女時代を知る同士だ。小学校時代からの顔見知りも多い。他人といっても同じ苗床に育った。そのような人間関係は珍しい。これからも会を重ねるだろうが、人生何十年のひとこま、ひとこまとして「出自」をしみじみ味わえる機会となる。

  大人になってからの他人との出会いの方が圧倒的に多い。まったく異なる背景を背負って出会い、ある種の緊張感を持って対峙(たいじ)する。謎に包まれた相手を読み解くスリルと緊張がある。その基礎訓練を遊びながら修練したのが幼かったころの同期生だ。

  同期会そのものにあっても、いまだ謎のままの人物の方が多い。しかしこれもまた面白い再会だ。顔しか知らない昔仲間。そんな同士でも共通の思い出や記憶はある。教師、行事、校舎、時代。同じバケツの鮭の稚魚。それが川に放流されて、海に下って、成長する。また元の川に戻ってきて、「やあ、ずいぶん傷を作って。でも無事に戻ったなあ」。こんな思いで尊顔を拝する。

  再会を約して、会が終わればそれぞれに家路につく。次は2年後。ホテルの外に出れば静かな秋雨だ。会の記念物が入ったビニール袋を頭にかざして、駐車した場所まで歩き、そこから運転して帰宅する。半開きにした玄関の戸の隙間に愛犬が首を伸ばして待っている。「秋暮れて犬は戸口で主人待つ」。尾を振り、甘え声で、出迎える。

  その日の2時間で、55年超の時間がいかなる変化を旧知の姿かたちに与えたかを垣間見た。一編の映画の予告編のようだ。内容の一端は「近況」の寄せ書きにある。家でそれを読む。名前、旧姓、住所、近況、ひとこと、当時のクラスの集合写真のコピー。いまだに続く仲良しグループもあるようだ。多分、女性に多いのではないか。

  家に入ると函館出身の妻がいる。彼女にはそんな昔の同期会の通知はない。そのような欠席者もいる。自分は盛岡にいて地元でいろいろな会に出る。妙な「格差」(?)だ。でも思い出すのは10年余り前だ。札幌と函館に夫婦で行った。彼女が通った小学校を見、旧居のあたりを歩き、函館山にロープウエーで昇り、百万ドルの夜景を見ながら食事をした。彼女の「出自環境」を自身の案内で見させてもらった。昭和20年代後半だ。もっとも身近な人間が遠近法で浮き上がった。子どもたちの大学、会社時代の居住地やアパートも彼らの時代を垣間見させてくれた。そして自分だ。盛岡以外にも、それなりにたくさんの足跡を残した。それは自分しか知らない足跡だが。
  (岩手大学名誉教授・元放送大学客員教授)


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